第83話 僕にとっての彼女とは ⑤
階段から落ちたと知って以降、初めて目にした
怪我が大したことなかったのは本当に嬉しいし、元気な姿を見られたのも非常に安心した(黒川さんパパの犠牲によって……)。
しかし。しかしだ。ならこの
ここが病院であり大勢の人の目があること(黒川さんパパの前であること)。
このどちらもが常にあるにしても、黒川さんが素っ気ないように思えてならない。
例えばいつものスキンシップの類は一切なく、交わした言葉というか話しかけて返ってきた言葉も、「よっ、久しぶり」だけだった……。
かといって誰に対しても同じような反応なのかといえばそれも違う。
そう、これは僕に対するさっきの黒川さんパパの反応に似ている。黒川さんは僕に
……いや、なんで? 僕なにかした?
会いに来るならもっと早くに来れただろうとか?
でも、直後はそんな精神状態ではなかったし、黒川さんも怪我をしていたわけで、昨日いきなりの訪問はNGだと姫川さんからお叱りも受けた。
つまりこれは違うはずだ。違う、よな?
しかし、違うと思う一方で今日の姫川さんを見ていると、そもそも姫川さんがそう言っているだけなんじゃないかという説も浮上してくる。
だけど、それは流石にないだろう(とも思う)。
僕は実際自分で姫川さんの言うことに納得したわけだし。なら……なんなんだ?
どうして僕は彼女に背を向けられているんだ?
「──
「……私がいつ貴女にデレたのよ」
「またまたー。珍しく素直に協力してくれたじゃん。これはお礼だから食べて食べて」
素っ気ない扱いの僕をよそにして、隣のテーブルから聞こえてくるのは楽しげな女性陣の声。
テーブルの上には黒川さんが片っ端から注文した季節限定のスイーツたちが並んでいる(ちなみに支払いをするであろう黒川さんパパの許可などは一切なくだ)。
そんな隣のテーブルの光景は病院の中のはずなのに非常に華やかで、一部不機嫌な人がいるけど雰囲気自体は悪くない。
僕も素っ気ない扱いさえなければ、いやできることなら向こうにまざりたい(切実に)。
理由はあっちの空間が羨ましいというだけでなく、こっちのテーブルの居心地が非常に悪いからである。
「「……」」
黒川さん。姫川さん。
黒川さんパパと二人だけのテーブルは辛い!
しかもこっちは二人用のテーブルである以上、嫌でも対面して、一言の会話もなくだ。
こっちのテーブルの上には未だお冷だけだし。
いや、何が出てきても味はわからない気がするし、喉を通るかもわからないからいらないんだけど。とにかくツライのだ。
「……いつから?」
隣はいいなーと何度目かの隣のテーブルに顔を向ける動作をし、しかしずっと見続けるのも不自然なので、仕方なく残りが少なくなったお冷に口をつけたところで黒川さんパパから話しかけられた。
座ってからずっと無言で睨まれていたのだが、まさか沈黙を黒川さんパパが破ってくるとは……。
だけど、「いつから」とはいったい何を指すのか?
「い、いつからとは?」
「いつから付き合っているのかと聞いてます」
「夏休みになる直前からです。だからもうすぐ二ヶ月になります」
「……そうですか」
それを確認してどうするのかなんて思っても、口に出して言ってはいけないのだろう。
すでに「交際を認めない」と黒川さんパパは言っているのだから、僕に残されたできることは向こうからの質問に素直に答えて、せめて今以上には嫌われないようにすることだけ。
そうすることがいい方に繋がると信じて。
「デワ、学校はどうですか。何か変わりましたか?」
「学校ですか?」
「ソウ、学校です」
黒川さんパパの質問の意図がわからない。
決して黒川さんと付き合うようになってから変わったこと。交際に関する意味ではないだろう。
だとすると、黒川さんの一件以降ということか?
つまりは今週からの変化を問われていると考えるのが妥当……と言っても何か変化があっただろうか?
正直言うと黒川さんのことと、姫川さんと有紗さんでいっぱいいっぱいだったから、学校での変化と急に言われても何も……あっ、
「──服装検査がありました。今まではなかったことです」
そうだ。学校を出たところで受けた生徒会による服装検査。あれは変化と言うべきものだ。
黒川さんパパに言われるまで頭がいかなかったけど、生徒会による服装検査なんて今日まで一度だってなかったぞ。
その辺に緩かった前生徒会(会長の意思)を引き継いだ今の生徒会も、その辺にはまったく厳しくなかったはずなのに。
「フム、校則の見直しといったところでしょうか」
「校則の見直し。それって……」
副会長は有紗さんと箱崎さんに服装の注意をし、二人に今週中に改めるようにと言ってた。
そんな副会長に「まずは自分を鏡で見ろ」と言った有紗さんの言葉は正しい。じゃなくて、あれはもしかして黒川さんの一件への対応だったんじゃないのか?
確か生活指導の先生も今回の件の報告書を、黒川さんパパに出せと言われたと嘆いていた。
なら生活指導が調査の結果だけでなく、対応の成果も合わせて報告書にして上げようとするのはあり得る話に思える。
仮にそれを受け取った方はより信用も納得もできるだろう。
だけど、これは教師と保護者の立場からしたらで、僕たち生徒にとっては必ずしもいいことではない。これまで緩かったはずのところを急に規制したりすれば反発は必ずある。
その反発がどこに向かうのかといえば、きっと元になった
どっちにしても締めつけが強くなっていいことはない気がする。むしろ悪い方に発展する気がするぞ。
そして、それがわかっても僕に何かできるのかといえばすぐには思いつかず、何より黒川さんパパを前にして考えるべきでもない。
これについてはあとで綾瀬さんに聞いてみよう。
「学校のことはわかりました。では、ユーからは何かありますか?」
「えっ、僕からですか?」
「それともユーは本当に何もしなかったのですか?」
改めて問われると僕ができたことなんて一つもない。
やろうと思っていたことも結局は
姫川さんより、有紗さんより、結ちゃんより何もできてない……。
「何も、できませんでした。実際に僕がしたのは黒川さんを心配することだけで。この場に来ることにも姫川さんの力を借りて。黒川さんが前と同じように学校にこれるようにと考えたけど、最後は他人の力に頼りました。だから僕は何も、」
「「そんなことないよ!」」
隣のテーブルから同時に声がした。
目を向けるとテーブルに手を突いて立ち上がっているのは黒川さんと有紗さんの二人。
二人は顔を見合わせてたぶん互いの声が重なったことに驚いている。
「……どうぞ」
「いやいや、そちらこそどうぞ」
「いやいやいや、そちらこそどうぞ」
「「……。どうぞどうぞ」」
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