第82話 僕にとっての彼女とは ④
この対面を「いつかは」と思っていたし、本当ならすでにあったかもしれない場面だったりもするわけだけど、まさかそれがこんなふうにして起きるとは少しも思ってなかった。
それも良い印象を持ってもらえるようにと考えていた挨拶は役に立たず、事前に何の準備も用意もない状況でだなんて予想できるわけもない。
ううん、たぶん
知らなかった僕からはそう見えるというだけで、
だって
もし共働きの家で平日に子供を病院に連れていくとなった場合、両親のどちらかが仕事に都合をつける必要があるのは間違いないのだから、予定が急に決まったり変わったりすることはまずない。
つまり姫川さんが登校前に黒川さんのところにいった時点で、今日の予定は全て決まっていたはずだ。
そうなると姫川さんが今日の予定(本当の)をギリギリまで教えなかったのは、やっぱり
朝の時点で言えたはずのことをギリギリまで黙っている理由としては十分にあり得る。
姫川さんは黒川さんパパのことを予め聞いた場合の僕の反応と、そうした場合の僕の今日の学校での態度とを計算して、自分に都合の良い方を選んだのではないだろうか?
姫川さんならあり得そうだしやりそうだ……。
そして何よりの問題は、仮にそうだったとしても今さらどうしようもないということだ。
ここでの逃走は良い印象とは真逆の印象しか与えられない。
どれだけ逃げたくても逃げられない! ど、ど、ど、どうしよう!?
「──リンコチャンにキョウコチャンにアリサチャン。娘がいつもお世話になっております。これからも仲良くしてください」
「「「……はい」」」
「こんなにトモダチがお見舞いにきてくれるなんてミユキは幸せ者です。ミサキチャンもありがとうございます」
外見とは裏腹に流暢に日本語を喋る黒川さんパパ。その勢いと食い気味な感じに三人はついていけておらず、それぞれが聞かれた名前くらいしか答えられていなかった。
そしてその時間も終わってしまった……。
姫川さんは見てるだけで助けてくれる気配がないし、このあと黒川さんパパに三人のように問われてもどう答えるべきなのかまだ決まらない。
「──ミユキもそろそろ戻ってくると思いますので、中に入って待ちましょう。日陰とはいえまだ暑いですからね。いきましょう」
次はいよいよ自分の番だと身構えていたのに何も聞かれない。それどころか黒川さんパパの反応は、僕の存在をあえて無視しているようにすら思える。
思えるじゃないぞ。これはそうだ。間違いない。
黒川さんパパは最初に目が合った一度しか僕を見ていない。でも何で!?
「あのー、電話はいいんですか?」
「デンワ? アー、このあと戻りますと職場に連絡しただけなので大丈夫です。アリサチャン、心配してくれてありがとうございます」
「そうだったんですね。ならよかった。あっ、でも、さっき急に切っちゃってたから足りなくてもう一度掛かってきたりしてませんか? そういうことあるから」
だけど、これなら僕が声を上げなければ不意打ちでしかないこの場面をこのまま、何もなく終わらせられるということでもある。
予想以上に自分の印象が悪いとわかったんだから、一度出直すなり対応を考えるなりした方がいいんじゃないか……。
(
(
(姫川さんも人が悪い。さっきから一切口を挟まないのはその方が都合がいいんだね。だったら自分からいけ)
その間も黒川さんパパは僕を一瞥すらしない。
これは先ほどの会話もレディファーストなどではなく、僕の存在だけをないものとしているで間違いない。
そして向こうから声をかけるつもりがない以上、自分の存在を認識してもらうには綾瀬さんの言うようにこちらから声をかけるしかない。
流石にそれなら無視はできないだろう。
でも、僕は自分をなんて言うのが正解なんだ?
正直に「付き合っている」と言うのか?
黒川さんパパの反応から察するに、僕は初対面ですでに快く思われていないのに……。
これは単に男だからなのか、それ意外の理由があるのかは不明だけど、言った場合の印象は間違いなく今以上に悪くなる。
なら「友達だ」と言うべきか?
この場を乗り切るためにならその方がいい気がする。友達だと言っておけばまず安パイだし、黒川さんパパの態度もいくらか軟化するかもしれない。
……だけど、それでは何もできなかった自分を許せないだけなく、大事なことからも逃げることになる。
それでは本当に黒川さんに合わせる顔がない。
「──あ、あの!」
「……」
この場で保身に走って守れるものがあったとして、それらは全て守れなかった僕が今更守る必要がないものだ。
すでに自分の印象なんて気にしている場合でもない。何を迷ってる。選択肢なんて始めから一つだろ。
「ぼ、僕は、」
一時しのぎの言い訳や逃げる方法を考えるくらいなら、ありのままを伝えて「近くにいてお前は何をやっていたんだ」と叱咤されるべきだ。
これは僕自身が誰よりもそう思うことで、ならしっかりとそう言われるべきことだ。
それがこの先どれだけのマイナスになるんだとしても……。
「……ミユキのボーイフレンド。知ってます」
「えっ、あっ、知ってるんですか!?」
最初に一瞥されて以降一度も僕に向けられなかった視線は、三人に向けられていたのとは明らかに温度が違う。少しの優しさもない。
そして黒川さんパパは僕のことを知っている。
この知っているが黒川さんから何も聞いてないからどの程度なのかがわからないけど、僕がなんなのか知っていてのこの反応なんだとしたら……。
「アー、こういう時はよく顔を出せたと言うのでしたか? どのツラ下げてですか? まあそんなカンジです。ユーはいったいなにしにきたのでしょう」
やっぱりそうだ。
死ぬほど怖かったけど言われたかった言葉。
誰も僕に言ってくれなかった罵りの言葉だ。
「
「……」
「……今回の件の責任も僕にあります。僕は何もできませんでした。本当は今日ここにいることにも納得できていません。どのツラ下げてと自分で思っています……」
姫川さんに黒川さんのお見舞いにいくと言われて、今日会うのは黒川さんのママだと思ってた僕へのわかりやすい罰。
予想の何倍も厳しいことを言われるという罰だ。
これを謹んで受けるのが甘い考えを持っていた自分に相応しい罰だ。
「それは覚悟があってきたということですね。わかりやすくブン殴られて、オマエは何をやっていたんだと言われるとわかっていたと」
「……はい」
「──しかしそんなことをしても認めませんし許しませんけどね!」
黒川さんも痛かったはずたから僕も殴られてちょうどいいと思った。これで少しでも黒川さんパパの怒りも和らげばいいとも思った。
だけど、振り上げられた黒川さんパパの腕は
「──自分で言っててどうかと思うが暴力反対だ!」
「──なに人の彼氏に手ェ出してんだ! 勝手なことすんな!」
しかも蹴り一度では終わらず繰り返し繰り出され、一目では彼女がどっちの足を怪我していたのかわからない。
彼女の今日の出立ちはジャージと思われる上下にサンダル。口元にはマスクをしている。
でも、その金髪と身長から誰なのかは一目でわかる。
「黒川さん……」
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