第81話 僕にとっての彼女とは ③

「それで、何でコイツがいるの?」

「えー、凛子りんこちゃん。コイツだなんてヒドいよー」

「明らかに一人だけおかしいだろ。どういう流れになったら黒川くろかわのお見舞いにコ……有紗ありさがついてくるんだよ」


 綾瀬あやせさんはまたしても最もなことを言う。

 真面目を絵に描いたような綾瀬さんは箱崎はこざきさんと違って、有紗さんの取って付けたような理由やそれっぽい雰囲気で誤魔化せる相手ではない。

 かと言って何も知らないらしい綾瀬さんに僕から話せることは少なく、何もかも知られては困る有紗さんの目の前でできるような話もない。


「どういうこと。一条いちじょう?」

「一条。私もいっていいって言ったよね?」

「えーーと、」


 そうなると頼みの綱は二人と親しい箱崎さんになるわけだけど、さっきから箱崎さんは二人に積極的に関わりたくない空気をわかりやすく出している。

 バスが空いているとはいえ我先に窓際へと座ったのは絶対にそのためだし、今も「助けて」と視線を送った瞬間にサッと顔を逸らした。


「「……」」


 箱崎さんでは口喧嘩してもこの二人には勝てないとわかっているからの行動だとわかるけど、そうだとしてもちょっとくらい僕に気を使ってくれてもいいと思う。

 二人の相性が悪いとわかっているんだから、無理だと思っても少しくらい手伝ってもらいたい。


「アタシが先に聞いてんだよ。割り込むな」

「でも一条の答えは同じだよ。いいって言ったんだからいいんだよ」

「いいとか悪いとか聞いてんじゃないの。どうしてアンタがいるのかって聞いてんの」

「そんなの私に直接言えばいいじゃん。何で一条に聞くの? 凛子ちゃんっていつもそうだよねー」

「なんだと……」


 あぁ、僕が一度言葉に詰まっただけであっという間に二人がヒートアップしていく!

 しかし箱崎さんがダメとなると頼れるのは姫川ひめかわさんなんだけど、姫川さんは綾瀬さんとは初対面に近いらしいから、これをどうにかしてくれと言うのには無理がある。


 ……それにだ。姫川さんは有紗さんのことをバスに乗る直前まで本気で置いていこうとしていたし、下手すると綾瀬さんと結託して有紗さんを帰らせるところまである気がする。

 つまり。やっぱり僕か。緩衝材としてこの二人の間に入るのは……。


「そうやって凄むから男の子から怖がられるんだよ。凛子ちゃんって怖いし真面目すぎるよねー。ねーねー、一条もそう思うでしょ」


「不真面目よりはいいだろ。アンタがそんなだから周りのヤツもそれでいいんだってなって、余計に私たちが大変なんだってわからないの。いや、わからないわけないよな」


「──姫川さん。そういえばどうして逆回りのバスに乗ったの? 黒川さんの家に向かうなら駅にいかなきゃじゃん。これじゃあ遠回りだよ」


 無理だ。僕にそんなことができるのならこの二人の関係はとっくに改善している!

 この二人は油と水。絶対に混ざらない。

 間違いなく能力はあるのに何もやらない有紗さんと、それをわかっているから許せない綾瀬さんとは絶望的に相性が悪い。

 そんな二人の間にわざわざ挟まれていいことなどあるわけがない! 駅までどうにかしてやり過ごそう。


「逃げた……。逆回りのバスに乗ったのは黒川さんの家にはいかないからよ。彼女はそこの、医療センターってわかるわよね? そこにいるわ。だからそんなに長居はできないわよ」


「お見舞いって言うからてっきり家にいくのかと」


「ならこんな大勢でいかないわよ。今日もう一度診てもらって話だったから、お互いに都合がいい病院で会いましょうって話になったの。だから次で降りて医療センター前までいくバスに乗り換えるわよ」


 てっきり逃げ場も助けもない絶望的な状況のままで、しかも遠回りで駅までいかなくてはならないのかと思ったら姫川さんが助け船に……いや、どうしてそんな重要なことを予め教えてくれないのか!?

 この不安な道中も長くなくて安心したけども。したけども!


「貴女たち。私たちはこれから病院にいくのだから、はた迷惑ないざこざは後でやってちょうだい。まぁ、そう言う今も公共の場なわけだけどね」


「「うっ……」」


「降りるわよ」


 姫川さんが正論も正論で二人を黙らせた。そして二人ともが姫川さんに黙ってついていく。

 単純にすごいし、僕が同じことを言っても同じ結果になっていないと思うからなおすごいと思う。

 思わず箱崎さんが「か、かっこいい……」と言ってしまうのもわかる。今のはかっこいい。


「一条。すごいな、姫川美咲みさき佐々木ささき以外であれを黙らせるの初めて見たぞ!」

「そう言われるとそうかも」

「だろ! 雅親まさちか赤津あかつもあれが二人がかりじゃ形無しだからな」

「箱崎さん。それはそうと少しは助けてよ」

「それは無理だろ」


◇◇◇


 国道沿いに出てすぐにバスを乗り換えて、十分とせずに医療センター前まで到着。

 先週は学校を飛び出してもちょうどのバスはないし、病院にいったと聞いた黒川さんは心配だしで、走って国道まで出てそこからバスに乗ったから今日は驚くほど早かった。


 そして冷静ではなかった前回は気がつかなかったのだが、病院って勝手にというか用がないのに入っていいのだろうか?

 黒川さんは入院したわけでなく診察だし、入るのは待合室等ではなくエントランス部分なわけだけど、それでも病院に用がないのは間違いないわけで……。


「ここレストランあるよね。そこいく?」

「そうなのか? 立ち話するのも迷惑だから入るか」

「レストラン、コンビニ、ATM、コーヒー屋とエントランス側は病院じゃないみたいだからね。コーヒー屋でもいいんじゃない?」


 ……なんだろう。ここが病院だと身構えてしまうのは僕だけなんだろうか?

 そして花火大会の時のタクシーをよく使うのかの件を思い出すな。あの時は四分の一でタクシーを使わないのは僕だけだった。

 今回も五分の三が病院だなんて気にしてないし、これも僕だけが疎いのだろうか……。


「さっきも病院だって言ったわよね。それに私たちは遊びに来たんじゃないし、遊びに来ていい場所でもないの。ここは救命もやってるんだから少し向こうに入ればそこは命を救う場所なのよ」


「姫川さん?」


「──と、とにかく! ふざけない、はしゃがない、いざこざもダメよ。エントランスに入ったらここは病院なんだと意識してちょうだい」


 女性陣の中で唯一姫川さんだけが僕と同じく、あるいはそれ以上に病院であることを意識している。

 なんていうか初めて見る一面な気がするし、意外と思うのは失礼だけど意外だ。

 そう思うくらいに姫川さんが真剣だった気がする。


「OH、ミサキチャン! こんなところでどうしましたカ?」

「えっ、」

「コエがしたからそうかとおもいました。アー、オトウサンにようじですネ」


 どこかから割と大きな声だった姫川さんより大きな声がして、声の主は姿を探すまでもなく柱の陰から姿を見せた。

 どうやら僕たちのいるエントランス前の柱の陰にいたらしい声の主は、携帯電話を片手に姫川さんに近づいてくる。金髪で青い目をした日本語がすごく上手な外国の男の人だ。


 というか、僕の気のせいかもしれないけど、なんだかこの男の人をどこかで見たことがあるような気がする。

 僕の知り合いに外国の人はいないんだからそんなわけがないんだけど、何故だか初対面ではないような……。


「えっ、パパさん?」

「娘がいつもお世話になっております。アー、ミユキにようじ……イエ、まさか心配して!?」


 ……娘? ミユキ。心配。病院。黒川さん。外国の男の人……──パパ!? パパって黒川さんパパ!?

 まって、パパってあの写メのパパ!?

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