第80話 僕にとっての彼女とは ②

 自分の目には同じように見えるからこそ、「どうして?」と繰り返し思ってしまうのだろう。

 彼女の一挙手一投足を観察してみたところで違和感の一つも感じられないから、少しも考えてこなかったことを必死になって考えたりもしてしまう。

 それでもやっぱり自分が知る彼女がいるだけだ……。


「ねぇ、引っ叩いていい?」

「……うん」

「じゃあ、遠慮なく!」

「──ったぁ!? なに、何するの!?」


 急に後頭部を叩かれた衝撃で、頭の中に浮かんでいたいろいろが一気に霧散した。

 ただでさえ僕は有紗ありささんのことに、恋人ごっこにと大変だというのに、それをわかっているはずの姫川ひめかわさんは突然何をするのか!?


「ちゃんと確認しました。人の話を聞いてない人が悪いんです。というか、この状況でよく他に意識を割いていられるわね。契約違反よ」


「それを言うなら黒川くろかわさんはこんなことしないよ!?」


「するでしょう。よく手が出ているし、他の女に気を取られているなら尚更よ。真面目にやってちょうだい」


 朝と比べると明らかに機嫌が悪い姫川さん。

 姫川さんの今日のご機嫌は登校時が最高で、午前中の授業から昼休みまでで普通。午後の授業を終えたところで最低となった。

 そして校門を出たらもう不機嫌は隠し切れないらしい。


 というかだ。これは有紗さんにもこのくらいわかりやすく、態度や表情に出してほしいと思ってはダメなんだろうか?

 今日の有紗さんは姫川さんの目論見の通りに、ところどころ綻びはあったけど、まだ本心を見せるほどじゃなかった。まだギリギリ普通を装っていた。


「──君たち。服装並びにその他諸々全部ダメだね。二人とも今週中に校則に沿ったものにしてくれ」


「まず自分を鏡で見てから言ったら……」


「だからちゃんと今週中と言ったじゃないか。もちろん僕自身も同様にだよ。週明けまで猶予があるんだから素直に「はい」と返事してほしい。あと、スカート丈とかすぐ改められるところはすぐ改めてもらいたいね。妹よ」


「ウザっ……。学校で話しかけてこないでって言ってるでしょ。あとセクハラだからね」


 いや、結構本心が表に出てる。

 学校の中でなら無視を決め込むところなんだろうけど、校門を出て周りに知らない人がいなければ、有紗さんも副会長(兄)に不機嫌を隠さない。

 あのくらいわかりやすく……されるとキツいな。

 兄妹的には普通なのかもだけど、もし自分がされたらと思うとキツい。


「アレはもう置いていきましょう。私は放課後まで彼女の顔を見たくないわ」

「うん、すっごい自分勝手。姫川さんのせいで有紗さんはああなんだよ?」


 今朝もこの校門前から有紗さんに捕まり、教室でも休み時間の度に絡まれ、放課後までそれが続いている現状に姫川さんは嫌気がさしているようだ。

 しかし、それもこれも全部は姫川さん発案の「恋人ごっこ」のせいなのだが?

 それなのに嫌気が差したから置いていくって。いくらなんでも自分勝手すぎる……。


もう一人、、、、は別に彼女じゃなくてもいいわ。それによ。アレを連れて行くってことは、私たちが駅で別れるまでずっとアレがついてくるってことよ?」


「でも、有紗さんに喋った、、、のは姫川さんだよね」


「早計だったわ。最初から彼女、、にしておけばよかった。一条いちじょうくんが予め登場人物を教えてくれていればよかったのよ」


 それは無理というものだ。

 僕が姫川さんから今日の予定、、、、、を聞いたのは有紗さんと同じところでなんだから。

 つまりはタイミングはあったのに姫川さんが教えてくれなかったのが悪く、話を聞いた有紗さんが「私もいく」と言ったのは悪くない。


「姫川さんが悪いと思う」

「あら、ごっことはいえ恋人を擁護してくれないの?」

「……」

「私がいったい何をしたと言うのかしら。ねぇ、箱崎はこざきさんもそう思わない?」


 副会長に捕まった有紗さんと同様に、綾瀬あやせさんに捕まっていた箱崎さんに姫川さんは振るが、「えっ、えーーと……。ソウダネ」と箱崎さんは明らかな空返事を返す。

 最初はすごく姫川さんに不信感を持っていた箱崎さんだったけど、どうやらイメージと実際が違ったらしく現在混乱中らしい。


(おい、一条。あの女はあれが平常運転なのか?)

(えーと、概ね?)

(なんか思ってたのと違う……)

(ソウダネ)


 おそらく箱崎さんの言うところの姫川さんは男子の憧れる姫川であって、こんなふうに毒を吐き不機嫌を隠しきれない姫川さんではないのだろう。

 僕がそろそろ見慣れたというだけで、他の人からしたら衝撃的なものなんだろうな……。


「そういえば綾瀬さんは?」

「うん? ああ、綾瀬ならすぐ来る、、、、と思うぞ」

「……くる?」


 この検問に引っかからなかった僕と姫川さんとは引っかかった二人を待っていたわけだけど、捕まっていた箱崎さんはいるのにいつの間にか綾瀬さんの姿がない。

 箱崎さんの方を見てはいけない気がして、見ないようにしていたから気づかなかったな。

 それにしても「くる」ってどういう意味、んんっ!?


「──いい機会なんでこの際言うが、最近ちょっと目に余るぞ。いろいろ気になる年頃なのはわかるがちょっとどうかと思うなー。もっと清楚でいいと思う」

「うるさい……。一番チャラチャラしてるヤツが偉そうに言うな」


 どうやら学校の服装検査とは違う方に発展していっている兄妹の会話もだが、何故だかこっちに向かって走ってくる綾瀬さんと、何故だかその背後に見えるゆいちゃんも気になる。

 なんだかとても嫌な予感がするけど(後ろになるにつれて)きっと気のせいだろう。

 僕は何もしていないし。僕は……。


「ね、ねぇ、箱崎さん。綾瀬さんに何か言った?」

「ああ、これから黒川のお見舞い、、、、にいくって言った」

「……あっ、」


 全員部活があるはずなのに放課後になってすぐ帰ろうとしており、しかもその組み合わせがとても意外なものだったりすれば、「どういう組み合わせ?」って綾瀬さんでなくても聞くだろう。

 そして箱崎さんが素直に目的を答えたりすれば、そのあとの反応も自ずと導かれる。

 決して故意にではない。でも忘れてた。


「一条、アンタ自分だけが心配してると思ってんの! 連絡取れないのはアンタだけじゃないんだぞ。それなのに、」

「ごめん。本当に忘れてた!」

「忘れてたで済むか! アンタは本当にそういうところが抜けてるな。ウチも行くから!」


 綾瀬さんの言うことは最もだ。

 僕は綾瀬さんが黒川さんの友達だと知っていたんだから声をかけて当然。忘れていたでは済まない。

 大人数で押しかけるのは迷惑だと気にすることはできても、肝心なところで抜けている。

 できているつもりでもどこかしら足りてない。

 だけど、気づけたなら取り返しもつく。


「姫川さん。そういうわけなんで……」

「いいんじゃない。本気で心配できるって大事でしょう。是非ともアレを置いて彼女にきてもらいましょう」

「いや、それは……」


 素直に受け入れてくれた姫川さんだけど、代わりにどうしても有紗さんを置いていきたいらしい。

 確かに有紗さんと綾瀬さんの相性は良くなかったりするのだが、だからといって片方はダメではダメだ。二人の重要度は変わらない。


「私もいくって!」

「ふむ、そういうことなら僕も行こう」

「なんでお兄ちゃんもいくの。馬鹿なんじゃない?」

「そうです。毎度毎度馬鹿なこと言ってないで仕事してください。会長におもりを頼んできたので」

「……」


 相性が良くなくても協力できるところはあるっぽいし、副会長を黙らせるくらいには威力もある。

 あとはその協力関係を上手く維持してくれればなんて言わなければ大丈夫だろう。たぶん。

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