第79話 僕にとっての彼女とは

 どうやら僕は鯨岡くじらおか有紗ありさという女の子のことを、少しもわかっていなかったらしい。

 出会った日から三年間も同じ教室で過ごしていたのに。やり取りも日常的にあったはずなのに。いざ彼女のことを振り返ってみれば、その本心をわかっていなかったと言わざるを得ないからだ。


 僕が彼女のことで自信を持って知っていると言えるのは、クラスメイトならみんな知っているような内容ばかり。

 ひょんなことから知った兄妹関係がみんなが知らない唯一のことになるだろう。


 そんな僕たちの関係性を客観的に見て言葉にするなら、クラスメイトがせいぜいで、友達と言えるのかはあやしくなってしまう。

 でも、僕にとって彼女の存在は特別なものなんだ。それだけは譲れない。


 誰も知り合いのいない教室で最初に会話したクラスメイトで、同じような境遇からか一番に仲良くなった友達だから。

 たとえ僕だけがそう、、思っているんだとしても、やっぱり僕の中の彼女の価値は変わらない。


「──つかさ。これを言うべきかは正直迷っていたのですが、姫川ひめかわさんがそこまで知っているならこの際言ってしまいます。あの掲示板で初めに名前が上がったのは黒川くろかわさんではなくあなたです」


 昨日。ゆいちゃんから黒川さんの件の発端が自分であると聞いた。

 大して盛り上がらなかった僕の話から交際している黒川さんに話題は変わり、そこからあっという間に話が大きくなったのだと聞かされた。

 そして、その発端を書き込んだのが有紗さんなんだと理解させられた。


「──私も彼女のことは知らないわけではない。だって、司が私に紹介してきた女の子というのはこれまで彼女一人だけでしたから。だからこそ迷いました」


 結ちゃんは印象に残った書き込みの一つから同じ人物の書き込みを追っていって、有紗さんにたどり着いたのだろう。

 気にかけていたからこそ見えてしまうもの、、があり、それらが結びついて出来上がった人物像と、姫川さんの話とが重なって確信に変わったんだ。


 僕も黒川さんではなく自分が始まりだと言われれば、有紗さんは絶対に違うとは言えなくなってしまった。

 おそらく僕に関係するだろうなら、今回が初めてではないと気づいてしまったから……。


 一番近いところでいえば夏休みの直前にも僕が噂になったことがあった。

 あの時の噂の渦中に黒川さんの名前はなかったはずだけど。あの噂の出どころと広がり方が僕の近くから、クラス内からだったとするなら頷ける。


 あの後、僕は高木たかぎくんにどこからの噂だったのか聞かなかったけど、それを聞いた(聞き出していた)姫川さんはあの頃から有紗さんに目をつけていたんだろう。

 そして姫川さんと同様に高木くんも有紗さんのことに気づいていたとするなら、「どっちにも協力できない」という言葉の意味もおのずと理解できる。


 高木くんのあれはどうして姫川さんがブチギレているのか知っていて、どうして有紗さんがそんなことをしたのかも知っていたから。

 もしそうなんだとするなら高木くんは本当にどっちにも味方できないだろう。

 きっと高木くんは新学期が始まってからは大変だったし、下手すると相談する相手もいなかったんじゃないだろうか……。


◇◇◇


「──以前から気になってはいたのです。あなたたちの距離感が。いつからか二人でいる場面を見なくなったし、聞こえてくる話も当たり障りがないものばかりに感じていました。ですが、そこに踏み込んでいいのかわからなかった」


 これは言われてみればそうだったと気づく。

 本当にいつからか僕たちの距離は離れていたのだと……嘘だ。本当は言われなくてもわかってた。

 だってその距離というのは気づいていて、、、、、、そのままにした距離なんだから。


 出来上がった距離感は僕が有紗さんとの距離をはかりかねていたからできたもの。

 いつの間にかクラスの真ん中にいるようになった彼女との、適切な距離感がわからなくなったから必要になったものだ。


 初めは二人だったけど互いに別な友達ができていたし、それで会話がなくなるわけでもなかったし、これがちょうどいい距離なんだと思ってきた。

 彼女の邪魔にならないようにもできて都合もよかった。

 でもきっとこれが僕の間違いなんだろう……。


「──鯨岡有紗。司とって彼女はなに?」


 こう聞かれても正確に答えられるわけがない。

 僕たちは互いをどう思っているかなんて話したことはないし、僕に至ってはそんなことを考えたことすらないんだから。

 だから特別な存在だと言うのに確かな答えが見つからない。


 そして本音を話したこともない。これも重要だ。

 僕も彼女も余計なこと、、、、、は何も話さなかったんだ。

 おかげで上辺だけはずっと綺麗で、そこが本当に居心地がよくて、一歩も踏み込む必要性を感じさせなかった。

 そんなはずがないのにそう錯覚してしまうくらいに……。


「嫉妬は嫉妬でしょう。でも出どころは好意からじゃない。もっと暗いものからよ。『上手くいっているのが気に入らなかった』ってのがいいところじゃない。あと、考えるべきはそんなことじゃなく貴方にとって彼女はなんなのかよ」


 わからない僕とは逆で姫川さんは有紗さんのことをよく理解していたんだろう。

 僕は一方通行でしかない自分の気持ちだけで向こうも同じだと決めつけてきたのに、姫川さんは半年足らずの付き合いで僕よりもわかってた。


 これはおそらく有紗さんに気づいた結ちゃんも同様で、その理由は二人は僕にはない視点から物事を見ることができたからだと思う。

 おそらくそれは男女の違い。同性だから見えるものやわかることがあったからだと推測する。


 確かに僕から有紗さんにはずっと遠慮があった。

 親しい友人たちになら遠慮なくできることも有紗さんにはできなかった。

 それに理由を付けるなら彼女が女の子だからで、距離感を考えるようになったのも同じような理由からだ。


 ここまでをまとめると女の子に対して一本線引きをしてやってきた僕の落ち度であり、しかし姫川さんが友達である以上はそこに有紗さんが含まれても問題はなく、僕は有紗さんにどう思われていようと彼女が特別であることをやめたりする気はない。以上だ。

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