第77話 姫川さんと恋人ごっこ ⑤

 僕は自分に向いてしまった矛先をどうしようかと必死に考え、しかし嘘や誤魔化しがゆいちゃんに通じた試しがないという絶望的な結論に至った。

 これは僕が嘘をつき通せず、誤魔化しも通しきれた試しがないからだ(結ちゃんの前では)。


 良い言い方をすれば、誠実さを多分に有する結ちゃんの前では、自分も同じく誠実でなければならない気がして罪悪感にかられるから。

 悪い言い方をすれば、嘘や誤魔化しがあとでバレて倍怒られるのが嫌だからだ(まず嘘や誤魔化しについて怒られ、そのあと普通に怒られる。倍になる仕組み)。


 それでも今回ばかりは絶対に誤魔化しきらなければならない事柄に違いなく、誤魔化しきれた試しがない結ちゃんの前でも諦めるわけにはいかなかった。

 きっかけは僕が蒔いた種であり、そこに黒川くろかわさんの矜持が加わり、さらにそこに姫川ひめかわさんと高木たかぎくんの想いも関わることだから。

 自分一人が怒られて済む話ではないからだ。


 だから僕は姫川さんとだけではない事情を隠し通すため、その姫川さんの力も借りることにした。

 僕一人ではこれまで通りに難しいことでも、事情をよく知る人間がもう一人いれば、これまでとは違う結果になると思えたから。


 幸いな事に結ちゃんは「気にはなるけど今は聞かない」と言っており、この発言を結ちゃんは曲げないはずだから、僕たちが結託さえすればこれ以上の追及を逃れることは可能で。

 ブレーキが壊れ気味だった姫川さんも危うい発言を指摘したら、「余計なことを言った……」と気づいたらしく落ち着きを取り戻してくれていた。


 問題は……。


「振られたと思われては困る。隣の席。仲のいいクラスメイト。でもつかさにはお付き合いをしている女の子がいて、でも違う女の子とも非常に仲良くしている」

「お、お姉さん?」「結ちゃん?」


 問題は目線を下げ口早に呟く結ちゃん。

 何か間違った方向に想像が進んでいるのは明らかだが、その間違いを正すには全てを説明する必要があるわけだから不可能で。

 何より、結ちゃんが狼狽えたり困ったりしているところを見たことがない僕には、そんな時の正しい対処法がわからなかった……。


「これが三角関係というものだとして私はどうしたら。いえ、そもそも何の経験もない私が何かを言える立場なんでしょうか。どうしたら……帰ります」

「ちょ、ちょっと待って。帰らないでください!」

「そうだよ。まだ途中なんだから! まだ、」


 対処方法もわからないしで一瞬、立ち上がった結ちゃんを「このまま帰らせてしまえばいいんじゃないか?」と頭をよぎった。

 でも同時に似た場面が先日あったのも思い出したんだ。

 黒川さんが家にきた日も結ちゃんは突然帰ろうとして、僕はそれを黒川さんに言われて止めたことを思い出した。


「……まだ黒川さんの話をしてないよ」


 あの日。黒川さんに「オマエは肝心な言葉が足りてない」と言われ、結ちゃんとのコミニケーションへの指導を受け、黒川さんに言われた肝心な言葉というものを僕は考えさせられた。

 考えてわかったのは気持ちは言葉にしないと伝わないという至極当たり前のことだけ。


 そんな僕は黒川さんの言う「肝心な言葉」には届いてないだろうけど、あの日はあっけなく失敗して「まぁ最初だからしゃーない」と慰められたけど、この場に限って言えば誤魔化しが先行しているのが間違いな気がした。


「大丈夫だから。僕は黒川さんが一番大事でちゃんと誠実にいるから。そこにやましいことはない。姫川さんとは、その、変な関係じゃないから! 僕の一存では言えないってだけで! あれっ、でもこれだとやましいことになるのでは……」


 だから言葉にした。

 本心と言うのだろう気持ちを言葉に。

 たとえ不完全でも「肝心な言葉」が少しでも伝わるように。


 僕はいつもいかにして結ちゃんに怒られずに済むか、どうしたら必要以上に構われずに済むか、そんなことばかりに気持ちがいっていて本心なんて言うことはこれまでなかった。

 これじゃあ僕が結ちゃんの気持ちをわからないように、結ちゃんも僕の本心まではわからなかっただろう。


 そんな僕を結ちゃんがたしなめるのは当然で、心配されるのも当然だと思う。

 これを今から変えていこうと思ったら、何度失敗しようと言うだけ言ってみるしかない気がした。

 この「伝える努力」こそが「肝心な言葉」に繋がる気がしたんだ。


「……司。本当に大丈夫なのね?」

「大丈夫だって」

「そう。なら何も言いません」

「うん」


 上手くはできなかったけど伝える努力をしてみた結果。たぶん結ちゃんに伝わってほしいことの必要な分は伝わったんだと思う。

 言いたくても言わないっていうのはそういうことだし、意外と結ちゃんの僕への信用もあったということだ。


「お姉さん、いえ、安斎あんざい先輩。一条くんの言う通りです。私たちの関係を言葉にするならクラスメイト、では少し遠い気がするので友達が妥当かと。 ……今は、、……」


「いまは……」


「ちょっと姫川さん、なんで最後に余計なこと言うの!? 結ちゃんも反応しないで!」


 わざと姫川さんが余計な一言を入れ、結ちゃんが早速前言を撤回しそうになったりしたけど、この件はこれで終わりとなり。

 そして脱線していた会話は本来のルートにと戻った。

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