第76話 姫川さんと恋人ごっこ ④
「──なるほど。話は概ねわかりました。
「ど、どうしてそんなのわかるのさ」
「まず掲示板に書き込みをする人間の数はだいたい決まっているということ。次にそれに反応する人間もだいたい数が決まっているということ。生徒のうち何割が掲示板を知っていて、そのうち何割が利用していて、そのうち何割が実際に書き込むのかという話を始めに」
僕に裏サイトのことを教えた
そして、それを聞いた結ちゃんも姫川さんと同じ見解を示した。
生徒会という別なルートからの見解をだ……。
「──だから、どうやってそこから
「
「……それが?」
「
結ちゃんの頭の中に有紗さんの名前がどの程度あったのかは不明なわけだけど、話の中で記憶していた書き込みと人物像とが一致したのだろう。
鯨岡兄妹の背景を僕と同じように知る結ちゃんは、簡単に僕と同じところまでたどり着いてみせた。
僕はその場しのぎでもこれを否定したかった。
姫川さんの話をよく聞いてからとか、今日はタイミングがなかったからとか、様々な言い訳を自分で自分にしてでも考える時間が欲しかったからだ。
「彼はとにかく妹に甘いですからね。たとえ自分が火の粉をかぶってでも妹の関与を有耶無耶にしようとするでしょう。そのためなら
「でもさ、結ちゃんは裏サイトを自分で見たことあるの? 結ちゃん苦手だよね。インターネット全般が、あっ……」
「た、確かにその通りですが、それでも最近は調理部の活動をインターネットに上げたりしてるんですよ。司が知らないだけで学んでいるんですから」
僕はそれこそ話を有耶無耶にしようと結ちゃん唯一の弱点を突こうとして、でもその弱点を補う人物と昼に会って話までしてしまっていることに途中で気がついた。
裏サイトの存在を知っていても自身はスマホを持っておらず、そもそもネットにもすごく疎い結ちゃんではあるが、生徒会にはそこを補って余りある
現に春馬くんは掲示板の書き込みを見れるようにして残していたわけで、生徒会長である結ちゃんがそれを見ていないとは考え難く。
そして導き出される答えが同じということは、正解率は上がってしまっているということに違いなく。
僕が時間稼ぎしようとすればするほど、自分の中でも有紗さんありきの答えしか見えなくなっていく気がした……。
「──お姉さん。鯨岡さんが犯人というのは私も同意見なんですけど、その、彼女には何かしら責任が問われますか?」
だから、姫川さんがこう口にした時は驚いた。
僕は姫川さんは有紗さんのことが嫌いで、絶対に許さないと決めているんだと勝手に思っていたからだ。
そんな相手をまさかふりでも心配するなんて思ってもいなかった。
「責任ですか。難しい話ですね。実際にどのくらい彼女の書き込みが事態に影響したのかを正確に判断することはできないでしょうし、そもそも書き込みが本当に彼女のものなのだと断言もできないでしょう。全ては私個人の見解でしかありません」
「えっ、結ちゃんは有紗さんが犯人だってわかってるんだよね? それなのにどうして……」
「司、私は役職にあろうと一生徒です。責任を問う立場などには最初からいないんですよ。今のは姫川さんの話の裏を取っただけです。あっ、個人的な意見ですから姫川さんも気をつけてくださいね」
結ちゃんが姫川さんの話の裏を取っただけというのは本当で、責任を問う立場にないというのは嘘だ。
有紗さんの書き込みと人物像とを結ちゃんが報告すれば、直接ではなくても責任を、責任とはいかなくても疑いは向けられるはずなんだ。
でも、結ちゃんにその気はないように見えた。
姫川さんに対しても有紗さんへの怒りの感情だけではないとわかったのか含みを持たせていたし、実際には有紗さんのことで僕にも相当に気を使ってくれていたのかもしれない。
そして、この瞬間は結ちゃんの予想外な反応に気を取られて思い浮かばなかったのだが、「なら、どうするつもりなのか?」と結ちゃんにはっきり聞くべきだったのかもしれない。
結ちゃんはどう裏サイトに収拾をつけるつもりなのかと……。
「……似た者同士……。お姉さん、
「姫川さん」
「ところで、姫川さんが彼女をそこまで憎む理由はなに? そこだけよくわからなかったのですけど?」
「「…………。えっ!?」」
隠しても隠しきれない姫川さんの語りから、有紗さんへの憎しみは十分に伝わったのだろうが、肝心のその理由は結ちゃんに伝わっていなかった。
姫川さんが何にこれほど怒っていて、どんな葛藤があっての言葉なのか、結ちゃんは少しも理解していなかったらしい……。
「ですから、振られた私が陸上部に入ったのは傷心からだとか。入った陸上部で新しい恋を見つけただとか。根も葉もない彼女の噂のせいで私は大変だった、いえ、今も大変なんです! 慰められるいわれもないのに周りから優しくされて非常に迷惑してるんです!」
「それは困るの?」
「困ります。腫れ物扱いの方がまだいいです。何より、振られた相手の隣にいるのが大変だと思われているのが何よりの迷惑です!」
「……えっ、その相手というのは司なの? あなたたちどういう、いえ、それは聞かないと。でも、」
結ちゃんの前でもブレーキが効かなくなりつつある姫川さんと、喋る中であえて姫川さんが濁した部分に気づいた結ちゃん。
話の方向性は一瞬でがらりと変わり、まさしくはその矛先も僕にと変わった瞬間だった。
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