第75話 姫川さんと恋人ごっこ ③
「
「
ボックス席の正面から自分もコーヒーを買ってきた
一見すると面識のない二人が相手の紹介を求めているだけの、何のことはない日常的にあるだろう場面のはずなんだ……。
「えーと、」
しかし、何故だか非日常的な空気を感じるこの空間の中では、「カウンター席にいた時は僕と姫川さんの位置が教室とは逆だったんだー」なんて、どうでもいいことに現実逃避したくなる。
まぁ、実際には自分が是が非でも二人の間に立たなければならない以上、そんなことをしている場合ではないわけだけど……。
現実逃避したところで何一つとして進まないし、この非日常的な場面はいつまでも終わらない。
「こちらクラスメイトの姫川さんです。教室でもこんなふうに席が隣同士だったりするのもあって仲良くさせていただいています」
「初めまして。姫川
このボックス席への移動を有無を言わさない感じで要求してきた結ちゃんに対して、嫌な顔一つせず丁寧にお辞儀までした姫川さんは、制服とリボンの色から結ちゃんが上級生だと気づいている。
だからこそのこの丁寧さと素直さ(意外)だと思うし、ひょっとするとすでにそれ以上のことにも気づいているのかもしれない。
「こちらが結ちゃ……
「初めまして。安斎結です」
対してこっちはどこまで姫川さんを知っているのか予想できない。
僕の言ったこと以外何も知らないかもしれないし、
でも、そんなこと言ったら姫川さんだって生徒会長を見たことないはずがないわけで。
実は二人とも形式上相手の紹介をさせただけなのかも。
……なんてのは流石に僕の考えすぎだよね?
「それで
「それはどういう……」
「いやだわ。お姉さんは何か
「えっ、それもどういう……」
お持ち帰りにしたコーヒーを持って店内にいる結ちゃんの言うこともよくわからなければ、出てきたコーヒーに何も入れることなく口をつけた姫川さんの言うこともよくわからない。
何をしていたのかもなにもまだ注文したコーヒーが出てきたばかりで何もしていないし、「勘違い」なんて言葉には心当たりがまるでない。
「勘違いですか」
「はい。お姉さんの勘違いですよ」
「お姉さん……いえ、そんなことではなく。あなたたちの距離が……。なんでもないです」
しかし結ちゃんはいつも通りで、いつも通りにわかりにくいが何かを訝しんでいる。
姫川さんも驚きも何もなく「お姉さん」と結ちゃんを呼んだことから、伯母さんとの会話の中に出てきた従姉妹が結ちゃんであると気づいている。
だが、だからどうだとまではわからないや。
わかるのは二人の言ったことの真ん中には僕がいて、二人の態度の原因は僕に関係することだろうというところまでだ。
つまり真ん中にいる僕に求められるのは、今現在水平に近いこの二人の間で波風立てずにいること。
どっちにも加勢しない中立を保つことだと思われる。
要するに下手に口を挟まないでいよう。
「お姉さん。彼が彼女のいない間に仲がいいクラスメイトと何かすると? むしろ彼女のために何かしようとするのが彼だと私は思いますよ」
「それはそうなのですが。あまりにも昨日との落差がありすぎて……」
「あぁ、お姉さんが使い物にならなそうだった彼を立ち上がらせたんですね。流石です。私は今日彼が学校にこないんじゃないかと内心思ってましたから助かりました」
早速、結ちゃんの危惧したところはわかった。
昨日はあれだけ凹んでいじけていた人間がだ。
次の日には何もなかったようにけろっとしているどころか、付き合っている彼女が怪我をして休んでいるにもかかわらず、仲が良いと自分で言うくらいの女の子と二人きりでいては、「いったい何をしているんだ」と思うのは普通だろう。
……問題はその危惧は当たらずといえども遠からずであるということ。
これは結ちゃんに姫川さんとのことを言っては絶対にダメだし、気取られるようなことがあっても絶対にダメだ。そうなれば僕は死ぬ。
そして一つ確かなことが判明した。
伯母さんは結ちゃんに姫川さんのことは何も言わなかったんだ。
でなければすでに僕は死んでいるだろう。
今まで何をしてくれたんだと思っていたけど、こうなると伯母さんに感謝するところまであるぞ。
「その助かったというのは?」
「彼まで学校を休んでしまっていたら私は放課後になってから行動していたわけですから、
「黒川さんから
「えぇ、学校だと
「……司?」
姫川さんの言うこと(真偽はともかく)に否定するところはない(というかできない)し、それを聞いた結ちゃんの言いたいこともわかる。
だが、だが、これはあまりにも僕が不利じゃないかな!?
そして姫川さんのいい印象を持たれたいという魂胆が透けて見える!
けど、姫川さんが実は猫被ってるなんて言えるわけない。言われた姫川さんは困るが僕も困る!
「はぁ……。まったく。姫川さんお手間をおかけしました。あとでよく言って聞かせますので」
「いえいえ、彼らしい行動だったと思いますよ。そのおかげで未然に防げたわけですし」
姫川さんの確かな目的は不明だけど、姫川さんは僕が大きく否定をしないとわかった上で、ここで結ちゃんに可能な限り媚を売るつもりだ。
もしそれが上手くいってこの二人が仲良くなってしまったら僕は……別に困りはしないのか?
ゆくゆくは困る気がしないこともないが、少なくともこの場とゆくゆく困る時までは問題ないような気がする。
ゆくゆくまでに黒川さんがいれば対策もできるし。つまり、
「──そ、そうなんだ。姫川さんがお見舞いのお伺いを立ててきてくれるって言う話になってね。ここには姫川さんにそんな話を聞きにきたんだ!」
「……なるほど」
「うん、そうなんだ!」
「司、あなたは本当に嘘が下手ですね。それで私を一時的にでも誤魔化せると? 姫川さんの言う内容には都合が良い事と悪い事があって、今は都合の良い方を選んだんでしょう?」
僕はもちろん姫川さんもこれには驚くしかない。
姫川さんほど上手くできた自信はなかったが、僕は合図もなく姫川さんの話に乗っかったのに、まさかのその裏を見破れた。
「……もちろん
「「……えっ?」」
「姫川さん。司と仲良くしてくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね。その上でお聞きします。ここでどんな話を?」
姫川さんに頭を下げて再び顔を上げた結ちゃんは、表情は一切変わらないがその目から優しさが消えてなくなった。
これ、真面目に僕たちを問い詰めるつもりだ。
おそらく結ちゃんは僕たちの
だからコーヒーを持ち帰りにしたんだ。
でもその予想は外れ、僕たちの話を聞かなければと思った。
だから持ち帰りにしたコーヒーを開けてテーブルに置き、もらった砂糖では足りないからテーブルにある砂糖をどばどばと追加しているのだ。
これは大変なことになりそうだ……。
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