第74話 姫川さんと恋人ごっこ ②

「──見つけた。私から逃走したあげく、連絡も無視するだなんていい度胸ね」

「ど、どうしてここだと!?」

「はい確保。ここじゃ目立つからこっちにきなさい」


 教室で言い合っている姫川ひめかわさんと有紗ありささんから逃げ出して約一時間。

 現在連絡手段のない黒川くろかわさんに直接会いにいこうとした僕は、駅のホームで電車を待っているところを姫川さんに確保された。


 ……なんて言うか、あそこから冷静になって僕を見つけた姫川さんは恐ろしいと思う。

 執拗な有紗さんを振り切って、下駄箱に靴がないと見るや目的に見当をつけ、急いで学校を出てもちょうど乗れる電車がないところまでわかっていたらしい。


 そして予想通り電車を待っているところを悠々と発見。確保からのお説教である。

 僕の言い分は聞いてくれたけど、その上でしっかりお説教された。


 まず佐々木ささきさんの指示というか発案での逃走という判断だったのに、その罪は僕一人に科されるらしくしっかりと怒られた。

 明日、有紗さんにも同じくらい怒られるかと考えたら辛い。


 次にLINEを無視した罪。

 逃げてきたんだから普通に考えて返事は返さないと思うのだが、姫川さんに言わせると罪らしい。

 お説教されながら頭に浮かんでいた「返したら返したで結局怒るよね?」とは、新たな罪が追加されそうで言えなかった。


 結果。姫川さんにまったく反論することはできないままお説教を受け、行動に対するダメだしも的確に言われさらにダメージを負った……。


「──まったく何を考えているんだか。家に誰もいない女の子のところに連絡なしで突撃していいわけないでしょう。しかも怪我をしてるとわかってるところによ。いやらしい」


 ダメだしその一。その通りすぎる。

 僕にいやらしい目的など一切なかったと主張するけど、黒川さんの両親は共働きで昼間は家にいないのだ。

 たとえ黒川さんが足を怪我をしているとはいえ、金、土、日と経っていれば怪我の程度は理解しているはずだし、多少の不自由があったとしても子供が高校生なら一人にしても不思議はない。


 少し考えればわかることなのに、目的ばかりが先行して言われるまでまったく頭になかった。

 もし姫川さんがいなかったら黒川さんに同様のダメだしを受け、より深くダメージを負った気がする。

 そして全力でからかわれていた気がする。


「──それとね。たとえ怪我をしていなくても連絡なしの女の子の家への訪問はNGよ。気を抜いてるところに急にこられたんじゃ堪ったもんじゃないわ」


 ダメだしその二。これもぐうの音も出ない。

 女の子とは前もった支度をいろいろと必要とするんだと、黒川さんとお付き合いするようになって学んだはずなのに、少しもそれを活かせなかった。


 僕だって黒川さんが家にくる前の日は一日かけて掃除したんだ。それがもし突然だったら本当に堪ったもんじゃない。

 今の黒川さんは不自由だろうから余計にだ。

 もしアポなしで家に行っていたら何と言われていたことか……。


「私が今日お伺いを立ててきてあげるから、お見舞いは明日まで待ちなさい。わかった?」


「……はい。すいませんでした」


「よろしい。それでね。学校では難しかったいろいろを説明したいから、ちょっと付き合ってほしいのだけど。このあと時間あるわよね?」


 そして、お伺いを立てられるのは自分しかいないというのもあるのだろうが、ちょっと意外なくらい協力的な姫川さんと駅ビルにある喫茶店に入った。

 今日はずっと姫川さんの説明不足を感じていたから、姫川さんが自ら説明してくれるというなら願ったり叶ったりだった。


 その喫茶店は駅からペデストリアンデッキを使っていける、正面がガラス張りになっている駅ビルの入り口付近。

 非常に目立ち立ち寄りやすいところにある。

 だけど僕は学校にいく度に見るこの喫茶店に、今まで一度も入ったことがなかった。


 というのも、家族と駅ビルにくる用事があったとして、入るのはこの喫茶店ではなく同じフロアにあるカフェの方だし。

 友達と寄るにしても黒川さんと寄るにしても、自動的にメニューの豊富なカフェの方になるからだ。


 食べ物の提供に始まり酒類まで何でもありの飲食店であるカフェと違い、喫茶店は法律上調理することができないから、あるのはコーヒーとお茶菓子くらい。

 両者に共通するコーヒーにこだわりがない以上、どちらの店に入るのかと言われれば間違いなくカフェの方に入る。


 しかし姫川さんは普通に喫茶店の方に入った。

 これには内心かなりの驚きと、「やっぱり違うな」と改めて感じさせられた。

 こういうところに出る違いこそが、姫川さんをより大人っぽく見せるのだろうと思った。


「注文。アイスコーヒーにしたけどよかった?」

「うん。なんでも」

「……さっきからどうしたの?」


 コーヒーなんてホットかアイスくらいしかわからない僕の分も合わせての注文を終えた姫川さんが、「私が注文しておくから席を確保しておいて」と言われ、迷うことなくカウンター席を陣取ったところに合流。


 伝票を持った姫川さんはあからさまに「いったいどうしたの?」と顔にも出ているが、中に入ったのが今日初めてで、物珍しくてついキョロキョロしてしまうのは仕方ないことだと思う。


「いや、通る度に見てはいたけど実際に中に入ったのが初めてで。このカウンター席なんて前がガラス張りだからデッキを通る人も駅前も見えるよ!」


「……外から見えるんだから中からも見えるに決まってるでしょう。それよりも席ここでいいの?」


「いいけど?」


「ならいいわ。コーヒーは持ってきてくれるからそれを待ちましょう」


 話し始めるのはコーヒーがきてからということだろう。隣に座った姫川さんはカバンからスマホを取り出すと画面に向かってしまった。

 僕はすでに通知がないか見たというか、座ってすぐにここからの景色を撮影した時に見たから、スマホを見る必要が特にはないが僕もそうするしかない。


「「……」」


 店内には電車を待つ時間を潰しているのだろうサラリーマンとおぼしき数人と、談笑している女の人のグループ。奥に見えるボックス席の人たちと僕たちで計十人ほどが現在いる。

 その中で一番あとに入ってきたのが僕たちだから、注文したものが出てくるのにそう時間はかからないだろう。


「「……」」


 しかしだ。これはあれだ。流石にわかるぞ。

 姫川さんの態度から察するに「やってしまったのではないだろうか?」と。


 仮に僕が阻むものが何もないカウンター席ではなく仕切りのあるボックス席を選んでいれば、姫川さんはこの時間も話をしてくれたんじゃないだろうか?

 もしそうだったらこの変な間は存在せず、「何を話すべきか?」なんて気づくこともなかったのではないだろうか……。


「「……」」


 ヤバい。姫川さんとこんな時に何を話したらいいかなんてパッと思いつかない。

 すでに自分もスマホを見てしまっている以上、ここから急に話を振るのも不自然な気もする。


 何より今日の学校で軽くできるような話は特にないし、興味がないコーヒーに興味があるような話は避けたいし、そもそも気の利いた話なんてできない。

 これはコーヒーの到着を待って、それを起点に話をするしかないな……。


「?」

「……」

「ねぇ、一条いちじょうくん」

「な、なに?」

「知ってる人?」


 姫川さんに呼ばれ見ているフリをしていたスマホから姫川さんに顔を向けると、こちらに顔を向けた姫川さんは指を外に向けている。

 その指の先にはどちらから歩いてきたのかわからないが、僕に白い目を向けたゆいちゃんが立っていた……──って結ちゃん!?

 

「──結ちゃん!?」

「ゆいちゃん?」


 何がどうとは一概に言えないけど、やっぱりカウンター席は間違いだったと思う!

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