第73話 姫川さんと恋人ごっこ
授業が終わり放課後になったばかりの教室。
昼休みに
今現在できていないから「した」で表現はあってる。
これが何があったからなのかはわかっているが、その経緯もその理由もまったくわからないので、とりあえず現状を整理してみよう。
まず、
より正確には「放課後になったばかりでまだ普通に隣の席にいる姫川さんからLINEが届いた」だ。
うん、ここからもうおかしいと思う。
次にLINEは間をおかずに三つきた。
このまま真っ直ぐ学校を出るために、「今日も部活は休みます」と部長に連絡しようとしたところに短いのが続けて三つ。
そして現状を作り出しているのだろう内容は、
『
『私と』
『恋人ごっこしましょう』
だった。そして以上で現状の整理は終わりだ。
やはり整理してみたところで姫川さんが何か企んでいるとしかわからない。他はさっぱりだ。
しかし実質的には一行くらいの文字数しかないこの一方的なLINEのみで。こちらからは何も返事をしてないのに、姫川さんの言う
何故それがわかるかと言えば、どうしてか姫川さんは机をぴたりとくっつけてきていて。これまたどうしてかにこやかに話しかけてきているからだ。
しかも距離が近い。机だけでなく物理的にも距離が近い!
「……」
これには今朝のキレ具合はどうしたのかとか、何の事前告知もない「恋人ごっこってなに!?」とか、何がどうしたらそうなったのかなどなど問いたいところだが、あまりに突然で大胆な姫川さんの行動に正しい対応が上手くできない!
加えて廊下側の端である僕の席に姫川さんの机がくっついたことで、唯一の逃げ道は予め封鎖されており(一度距離を取ろうにも姫川さんの手で椅子の背は押さえられていた!)。
放課後になったばかりでクラスメイトが大勢いる中で姫川さん(距離が近い!)に、理由があろうと触れるというのはリスクはとてつもなく高いし、世間体は非常に悪い気がする。
「……(ジーーッ)」
そ、そんなわけで僕は現状にひたすら戸惑いながらも、目が一切笑ってない姫川さんがとても怖くて、内容が入ってこない会話に相槌を打ちながら「恋人ごっこ」と急いで検索しています。
あ、あった。これだ! なになに、
『恋人ごっことは、ごっこ遊びのように「楽しむ目的で付き合っている関係」のこと。本来は「好き」という気持ちが通じ合って恋人関係になるものだが、恋人ごっこの場合は相手のことを本気で好きじゃなくても成立する』
……なんだと。これは僕が書いたラブレターの根本に当てはまるものだ。
それを
『最初から「遊び」と割り切り恋人ごっこを楽しんでいる人も。しかし遊びは遊び。いつかは終わってしまうもの。恋人ごっこの相手とは結婚や将来についての話はできないだろう』
ここは違っている。
何もないところから関係を始めるために僕は目的を設定したが、最終的な目標はお互い好きになって本物の恋人関係になることだ。
遊びだとか終わっていいなんて思ってない。
とはいえ、どこまで将来のことを考えているのかと問われるとそれも困るんだけど……。
「(イライラ)」
しかし、現実問題として「付き合ってる」という関係が、
なんて言っても、経済力も何もない学生の僕が将来なんて言うのはどう考えても早い。
なら、どう表現したらいいのか……。
もう一つ。姫川さんが企みでなく本気で「恋人ごっこ」望んでいるとして、僕はそんなふうには考えられない。
姫川さんにはもちろん、何より黒川さんに不誠実だ。
そうは思ってもこれにまったく説得力がないのが現状なわけで……。
油断すると変になりそうなドキドキとか、不意にくるスキンシップによるドキドキとかがある限りは説得力がない。
せめてもう少し姫川さんに対する耐性があれば違うのだろうか?
「(イライラ、イライラ)」
……ところでこの視線はなんだ?
どこからかジッと見られている感じがする。
やっぱり世間体が……。
(そっちを見ない! もう少しだから)
(なっ、も、もう少しって?)
(いいから! このままでいて。あと、恋人ごっこは
姫川さんが息がかかるくらいの距離で喋っているのも、反射的に立とうとしたのを掴んで止められたのもかなり心臓に悪い。ち、近い。
それにこう何か背筋に冷たいものを感じる気がする。たぶん斜め後ろの方からだ。
「ひ、姫川さん!」
「──うわっ!?
「……さっきから何をして……ぶ、部活。部活、一緒にいこうよ!」
教室の後ろで声がしていた有紗さんが、見たことのない表情をして勢いよく僕たちの前に現れた。
どういう感情が現れたものなのか非常にわかりにくい顔をした有紗さんは、現れた勢いのまま机を叩いたのを取り繕うためか、これまた珍しい反応をしている。
そしていつのまにか姫川さんは僕から離れている。
「
「えっ、ちょっと。姫川さん!?」
姫川さんはカバンを持つと立ち上がり、真上からやっぱり笑ってない目線をこちらに向けてくる。
その目は「黙ってついてこい」と言ってる。
「それじゃあまた明日」
「待った待った。本当にちょっと待ってって!」
姫川さんには有紗さんの
しかし、何を考えているのかわからない有紗さんをただ無視するというのもダメな気もする。
……ど、どっちをどうしたらいい?
「い・ち・じょ・う・くん?」
「はい、今いきます!」
「一条?」
「うっ、何かな?」
ダメだ、どっちも圧が強い。
どっちも何を考えているのかわからないし。
これはもうこの二人に割って入れるような人に助けを求めるしかない。
そうなれば頼りになるのは
(高木くん。助けて!)
(悪い。俺は
(そんなこと言わないで!)
(本当にすまない……)
教室内の注目は有紗さんが机を叩いたところから僕たちに集まっていて、それに気づいて近づいてきた高木くんに助けを求めるのは簡単だったのに断られた……。
その上、何かあれば頼ってくれと言っていた
「一条くん」
「……
いよいよどうしようもなくなった気がするところに声をかけてきたのは、斜め後ろの席の佐々木さん。
普段から口数が少ない彼女から話しかけてくるというのは本当に意外と言うしかない。
「その、黒川さんは大丈夫?」
「えっ、うん。捻挫と擦り傷だって。きっと今週中には復活すると思うよ」
「ごめんね。急にこんな話。本当は朝のうちに聞きたかったんだ。ありがとう」
朝は遅刻してきて、昼休みはずっといなくて、彼女からしたら話しかけられるタイミングが見つからなかったのだろう。
そのタイミングがみんなが言い合っている二人に注目が集まっている今だったというだけだ。
佐々木さんは黒川さんとはよく話していたし(全部黒川さんからだけど)、そんな黒川さんのことを彼女は心配していたんだ。
そのこと自体は嬉しい。でも、僕は彼女には……。
「でね。これ、二人とも収拾がつかない感じだから一条くん逃げた方がいいよ。私が二人に話しかけるからその隙に」
「えっ、佐々木さん?」
「黒川さんによろしくね」
そう言うと立ち上がった佐々木さんは、本当に姫川さんと有紗さんに割って入っていった。
姫川さんから彼女の気持ちを聞いてしまった僕としては、申し訳ないような気がしてこのところ会話も挨拶程度だったというのに。
いや、佐々木さんは何も知らないんだけど……。
とにかく、この場は彼女に頼り僕は黒川さんの家に向かうとしよう。
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