第71話 たどり着いた裏側

 僕と有紗ありささん。雅親まさちか箱崎はこざきさん。高木たかぎくんに部長と、計六個ものメロンパンを入手して春馬はるまくんがいる生徒会室を僕は訪れることができた。


 副会長を除いたみんなには後日、何かしらのお礼をしようと考えている。

 それでも僕と有紗さんの争奪戦には向いていない二人が、メロンパンを入手できたのは副会長の犠牲のおかげだから、犠牲になった副会長には心の中で感謝することにする。


 しかし副会長が立ち上がって争奪戦に参戦した頃には人気のパンはすでになかったり、妹であるはずの有紗さんからこれでもかというくらいに冷たくあしらわれていたりしたが、それは僕が知ったところではないから知らない。

 間違いなく副会長の日頃の行いのせいだろう。


「──で、パン持ってオレのところにきたわけだ。なるほどねぇ。オレが素直には喋りそうにないから賄賂ってことね。まぁ、正解だな」


 そうして訪れた生徒会室で始めに「なんだその袋?」と春馬くんは聞いてきたので、購買での決戦の経緯を僕は話した。

 それを聞いても紙袋を受け取っても特に喜んでいるようには見えなかったが、「いらねぇ」とも「ダメだ」とも言わなかったから、賄賂のチョイスは間違っていなかったんだと思う。


「いっちー、とりあえず座れよ。そうだな。そこがいい」


 そして、パソコンに向かったままの春馬くんは僕を自分から最も遠い席に、あろうことか生徒会長の定位置に座れと言ってきた。

 明らかに不必要かつ非効率的なことだったが、せっかくいい感じにいっていたから僕は黙って座った。


 昼休みの生徒会室には春馬くんしかこないのは知っていたし、それならドアから真っ正面になる席にいようと誰にも見られないだろうと思ったからだ。

 だが、居心地は良くはなかった。むしろ最悪だった……。


「しかしアレだな。よく一人でやったもんだ。結局お姉ちゃん、、、、、も頼らないでよ。素直に褒めてやるぜ」


「春馬くんが褒めるなんて……って、えっ、お姉ちゃんを頼った結果ここにいるんだけど?」


「はぁ? オマエが頼ったのは安斎あんざいだろ。なんでアイツがお姉ちゃんなんだよ」


「もしかして春馬くん知らないの?」


「……何を?」


 僕は従姉妹であるゆいちゃんのことを、春馬くんは「お姉ちゃん」と呼ぶのだと思っていた。

 噂好きで情報通な春馬くんだし、知っていてもおかしくないと思ったからだ。だけどそれは違っていて、


「──従姉妹? そう言われると似てるな……。絶対に相容れなそうなところとか、どうしようもなく融通が利かないところとか。もう存在自体がイラつくところとか」


 と、事情を説明したら嫌さが二人分だと言いたそう(言ってるけど)な顔をしていた。

 おそらく僕も似たようなことを春馬くんや生徒会のメンバーに思っているから気持ちはわかる。

 最も僕は直接口に出したりはしないのだけど、春馬くんだから仕方ないのだろう。


「んっ? じゃあ春馬くんは誰のことをお姉ちゃんって言ってたの?」


 知っているんだろうと思っていた春馬くんが結ちゃんのことを知らなかったとなると、僕の頭にはこの疑問が浮かんできた。

 実は春馬くんと副会長との実習棟での会話がヒントになっていたんだけど、あれが噛み合っているようで噛み合っていなかったのだと僕はここで気づいた。


「いっちーのお姉ちゃんと言えば、今のじゃなく前の、、生徒会長だろ」


「……お姉ちゃん。お姉ちゃん?」


「あんだけ構ってもらってて疑問系なのか……」


 僕にとって「お姉ちゃん」とは結ちゃんを指す言葉であり、よく絡まれていたとは思うがあの人をお姉ちゃんとは思ったことはない。

 しかし、友達ともクラスメイトとも違うのは確かだ。なら、彼女をなんと言うべきなのか……。


 この時は単に口から出た言葉にすぎなかったけど、そんな人のことこそ「先輩」と言うのが一番しっくりくるのではないだろうか?

 部長は先輩だけど部長というイメージが強く、同じく副会長も先輩だけど副会長と思うように、彼女こそを先輩と思うしイメージも強い。


 よくできた。よくしてくれた先輩と僕は彼女のことを思う。春馬くんからすればそういうのが「お姉ちゃん」に見えたのかもしれない。

 でも、僕がそんな先輩を頼ったことは一度もないのだ。


 一番頼りになりそうな人ですら頼ったことがない僕は、結ちゃんに言われたように誰かに頼るということを本当にしてこなかったんだ。

 そのことを改めて実感した……。


「──というか、先輩の連絡先も知らないよ? だから、たとえ頼りたくても頼れなかったよ」


 本当のことをそのまま言っただけの僕に、聞いた春馬くんは意外そうでどこか嬉しそうにも見えた。

 頼るも何もそのくらいの付き合いというか関係性しか僕と先輩にはなく、そもそも卒業した人を頼ろうなんて考えも僕にはなかった。


 だけど、実習棟の屋上を教えてくれたのは生徒会長だった先輩だ。春馬くんにも教えなかったことを僕にだけ教えてくれた。

 今は先輩が僕をどう思っていたのか、どうして僕だったのかとか、気にもしていなかったことが気になってしまう。


 今更になっていてくれたらなんて思ってしまう。

 でも、今更だ。それに頼れる人は近くにいる。

 結ちゃんだってそうだし、春馬くんだってそうだし、他にも頼れる人は大勢いるんだ。


「ま、まあそれじゃあ仕方ねぇな。それで情けなくもオレに頼ろうってわけだ」


「うん。よろしくお願いします」


「……調子狂うな。何でこう素直に他人を信用できるのかねぇ。嫌だ、嫌だ。ほんと向いてねぇわ……」


 春馬くんはぶつぶつ言いながら手元のパソコンを素早く操作して、近くにあったプロジェクターに触れ、黒川くろかわさんが使用していたホワイトボードに向けて手元のパソコンの画面を映す。


「見ずらかったらカーテン閉めるなり自分でしてくれ。で、これがいっちーが知りたい真実、、ってやつだ」


「……これ、掲示板?」


「そう。今やどこの学校にでもある裏サイトってやつだ。裏サイトって聞くと聞こえは悪いが、コミュニケーションって側面もあるから、一概に全部悪いと言い切れない部分もある」


 僕も学校裏サイトという言葉は知っていた。でも、その存在を実際に目にしたことはなかった。

 まして自分の学校にもあるなんて考えたこともなかった……。


 春馬くんによると学校名ではまず検索に引っかからず、基本的にはパソコンからのアクセスもできないらしい。

 そして内容は当たり障りのないものから、あらゆる学校での出来事や、個人名まで出てしまっているものまで存在していた。


「いいか、いっちー。こんなのはどこにでもある。だが見ようと思わなきゃ見ないし、そもそも入り方を知らなきゃ入れない。そして良いと悪いが両方存在する厄介なもんだ」


「この掲示板が噂の出どころ……」


「出どころは出どころだが少し違う。学校中に広まる噂になるようなものは、火をつけたヤツとそれに燃料をぶちこんだヤツとがいる。そうじゃなければ流れてお終いだ」


「書き込んだ人間と煽った人間ってことだね」


「黒川美雪みゆきに関して言えば副会長様だ。アイツが火をつけて燃料をぶちこんだ。おかげで掲示板は大炎上。仕方ないから停止してもらった……」


 すでにこの掲示板は存在しておらず、春馬くんが僕に見せてくれたものはスマホで保存しておいたものだった。

 潰しても新しい掲示板はすぐにできると春馬くんは言ったが、この掲示板を見れなくなったのは痛手だとも言った。その上で春馬くんは、


「どう見ても鯨岡くじらおかのやり方は強引だった。アイツも掲示板を監視できた方がいいのはわかってたはずなのに、潰さなくちゃいけないところまでやりやがった。ヤロウのおかげでこっちは大変だぜ」


 と、副会長はまるでこの掲示板をなくそうとしていたようだと春馬くんは言い、そこに姫川さんの言葉がピタリとはまった。はまってしまった……。

 今の僕は姫川さんの言ったことが真実に思える。


 姫川さんは有紗さんが黒川さんの噂の犯人だと言った。なら、副会長が件の掲示板を見れなくした理由は一つしかない。

 副会長は有紗さんの存在に気づいてしまったから強引な手段に出た。これしかないだろう……。

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