第70話 昼休みの決戦
手がつけられないくらいにキレた
姫川さんと有紗さん関係の陸上部含む運動部の人たちに、僕の友人たちとeスポーツ部の面々。
その他。よくわからない有志の方々とあっという間に人数が膨れ上がったからだ。
もちろん人数が多いに越したことはないし、協力自体は大変ありがたいことなのだが、これ、今から何をするのかみんなわかっているのだろうか?
少なくとも有志の方々は雰囲気に集まってきたようにしか見えないから不安なんだが……。
「──で、これがどう黒川さんに関係するの? 黒川さんってパン好きなの? あっ、お見舞いとか!」
「そんなわけないでしょ……。でも、確かに
「そもそも呼びかけをした人たちがなんなのかわかってなかったか」
これじゃあ有紗さんの一声で集まった人たちも、姫川さんが連れてきた
今から一人一人に事情と目的を説明するだけの時間はないし、これは当初の予定通り僕たちだけでやるしかないかな……。
「──ったく、そんなことだと思ったぜ。欲しいのはメロンパンだ。その数が三十個しかないから人数を使って手に入れようって話だ。いいか、購買の並べ方が終わったらあとは戦争だからな。有紗、スタートの合図があるから、あったら死ぬ気で突っ込むように全員に伝えろ」
「了解です! ……でも、死ぬ気ってどゆこと? 少し大袈裟じゃない」
近くにいて話が聞こえたらしい
実に的確で適材なそれに有紗さんは敬礼して答え、すぐに行動に移そうと動き出したが「死ぬ気で」という物騒なワードが気になったようで、足を止めて再びこちらに向き直った。
「……それがそうでもねーんだわ。毎日教師が見張りに出張ってくるが、ルールなんてあってないようなものだからな。そしてメロンパンは超人気だ。あればまず最初になくなる」
「私もその話は聞いたことあるけどそんなに? やっぱ大袈裟に言いすぎなんじゃないの?」
「毎日これをやってる猛者たちに素人が急に割り込もうって言うんだ。死ぬ気でやんねーとマジ死ぬぞ」
お昼の購買常連の赤津くんが言うように、毎日購買に並ぶ人たちに比べると戦力的には圧倒的に負けているだろう。だからこその数だ。
欲しいものを取るだけ取ってから、その隣の会計
に並んで支払いというスタイルである以上、慣れない僕たちが人気商品を手に入れるには数で攻めるしかない。
「……うーん、
「毎日利用する赤津くんが言うんだから、みんなに注意喚起はするべきだと思う。それとね。全体にそもそも目的が伝わってないというのはちょっと……。有紗さん頼める?」
「ご、ごめん。人が集まってる場所だし、てっきり演説でもするのかと思ってたの。よし、こっちは任せて!」
有紗さんは近くにいた有志の方々から順に声をかけ、短く目的と作戦を伝えて「よろしく!」と最後に肩を叩いて次へと向かう。
あの調子ならあっという間に戻ってくるだろう。
やはり僕なんかでは時間がかかることでも、コミュニケーション能力が高い有紗さんなら、さして時間がかからないらしい。
あのコミュニケーション能力は黒川さんと同程度かそれ以上に見えるし、あの軽い?感じもどことなく似ている気がするな。
「おい、始まる前に女子は下がった方がいいぞ。運動部でも前に出れるのは
「
「大丈夫だ。一条、京子から話は聞いた。すまない。わかっていなかったのは俺の方だったらしい。京子共々ここで挽回するつもりだ」
「うん。期待してる」
箱崎さんに僕から言うことは特にない。
あとは黒川さんがどうするのかだし、箱崎さんがどうするのかだ。
それに彼氏である雅親も箱崎さんを気にしているんだから、やっぱり僕からは何もない。
この不可欠な戦いを手伝ってくれるというならそれだけで十分だ。
「ねぇ、一条殿。我々は帰ってもいい? ほら戦力は足りてる感があるし、死にたくないので」
「ボクも
有紗さんから注意喚起を聞いたのだろう和也に
確かにあまり戦果に期待はできない二人なんだけど、せめて始まってから諦めてもいたい。
それにそんなこと言ったら僕だって自信はない。間違いなく向いてないし……。
「なんや、ヘタレやなキミたち。重要なのは何もパワーだけやないやろ。いい考えがあるんやけど乗らんか? 成功すれば彼女にいいとこ見せられんで」
「部長」
「ほら、お前らも一緒にどうや? ……まぁ、任せとけ」
どう聞いても不審な部長の話だが、彼女にいいところを見せられると言われた
きっと部長だけが抜け出るような非情な作戦(ゲーム上そんな感じだから)な気がするのだが、「任せとけ」と部長は僕にだけ聞こえるように言ったわけだし、開始間近で人数を減らすのもなんだから黙っていよう……。
「一条。
「高木くん。それは手ぶらでいっても素直に話を聞けるとも思えなくてさ。そこで考えたのが賄賂を持っていこうというわけで、そうなったらやっぱりメロンパンじゃない?」
「だから、何でメロンパンなんだ?」
「僕たちは知らないんだけどあのメロンパンって給食に出てるやつなんだよ。お昼にパンを売りにくる業者が給食のパンもやってるところで、その業者っていうのが市内で何店かパン屋さんもやってるところでね。でも、お店じゃ売ってないらしいんだ。もちろんメロンパンをじゃなくて、給食のと売り物とは別ってことだと……高木くん?」
なんだか話を聞いた高木くんの目の色が変わった気がする。話が聞こえていた高木の周りの陸上部の面々も、なんなら姫川さんまで違う気がする。
共通するのはみんな去年までは給食だった人たちだというところだ。
中等部でもお弁当か購買だった僕たちからするとあまり思い入れもないのだが、去年までよく食べていた給食のパンというのは懐かしいと思うのかもしれない。
まして他では売っていないとなれば希少価値もつくし、実際美味しいとも聞く。だからこその毎日の行列だろう。
「えっ、待って、一条くん。それってメロンパンに限った話かしら?」
「うーん……ちょっとわからないや。でも、そう言われるとパン屋さんの方では見ない物ばかりな気もする。惣菜パンじゃない菓子パンの方は特にそうかも」
「確かそうだよ。ベースのコッペパンも食パンも同じだって聞いた気がする。給食だとジャムとか別らしいけど、あれは中に挟まってるってだけでパン自体は同じ物のはず。というか、みんな知らなかったの?」
「少なくとも俺たち一年は知らなかった。知ってたら少なくない人数が並んでいただろうからな。もっと早く知りたかったくらいだ……」
意外と言うしかないほど真剣な様子の高木くんたちに、思わず顔を見合わせる僕と有紗さん。
僕は小学校もこの辺りではないからこの辺の給食事情はわからないし、有紗さんも確かそうだと言っていたはずだ。
僕たちが出会った時にそんな話をした覚えがある。
引っ越してきたばかりで一人の知り合いもいない教室で出会って、偶然席も隣同士で、同じような境遇だと知って、そこからずっと僕と有紗さんは同じクラスだ。
クラスメイトとしての付き合いは誰よりも長い。僕は学校での彼女をよく知っているつもりだ。
今だって善意からの行動にしか見えない……。
「──おや、今日はいつもより人が多いと思ったら君たちか。おっと、有紗もいるね。これぞ正しく仲良きことは美しきかなというやつだね!」
「副会長……」「お兄ちゃん……」
「僕はこれがなんだか知らないが君に負けるわけにはいかないな。そう、兄として!」
「……ほんとそういうのやめて。あと学校で話しかけてこないで……」
僕はもちろん有紗さんもこの副会長が嫌いだ。これは絶対に間違いない。
僕に有紗さんを変に疑うことはできないし、たとえ姫川さんの言う通りだったとしても憎めないだろう。これもおそらく間違いない。
その上で裏側に何があるのかを僕は知りたいし、そのためにこの人は邪魔でしかない。裏切ってくれた借りもある。
だから、こんなふうに先生のスタートの合図と同時に走り出した副会長の足を、有紗さんと二人して引っかけたりしてしまっても仕方ないのだ。
「なっ──」
「ごめん。でも、急に走り出したら危ないよ!」
「すいません。でも、ありがとうございます!」
最後尾から前のめりに勢いよく転んでいった副会長が大きく道を開けてくれ、それに動揺した周囲は気を取られおり突破が容易になった。
これなら僕たちの前には真っ二つに割れた列があるだけだ。
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