第68話 嵐の中で ⑤


「……悪いな一条いちじょう。そういうわけだ」


 申し訳なさそうな生活指導の反応はゆいちゃんの反応と酷似している。「知らないなら教えられない」という矛盾を明らかに抱えている。


 噂。嫌がらせ。この二つを知っているだけでは足りないということだろう……。

 やはりこの先に進むには真相を知る必要があり、そのための道は結ちゃんが開いてくれているんだ。


 なら、偶然と姫川ひめかわさんの好意があってのこの機会だったわけだけど、その順番が噛み合わなかったのだと今回は諦めよう。

 それなら諦めもつくし、真相を知れば話を聞く機会もあるかもしれない。


 初めに当初の話からずれて僕が聞きたいことを聞いただけで、肝心の生活指導からの話がまだ残っているんだ。

 生活指導からどんな話が出るのか検討もつかない以上、こっちはこっちで聞ける意味がある。

 ここからは気持ちを切り替えていこう。


「はい、大丈夫です。ありがとうございました」

「よし、それじゃあ次は先生の番だな。姫川、話いいか?」


 生活指導は申し訳なさそうな雰囲気を一転、僕と同様に気持ちを切り替えたのだろう。

 主に僕のせいだが今のままの空気では姫川さんから話を聞くどころではないし、そんな中で姫川さんも話をしたくないだろうし、それこそさっきのように部屋から出ていこうと……しているな。


 姫川さんは先ほどのようにカバンを持ってスッと立ち上がり、僕に「いきましょう」と声をかけ、平然とドアの方に歩いていく。

 生活指導が「えっ、ちょっと!?」と言ってしまうのも無理はない。


「姫川からまだ何も聞いてないけど!?」


「私はもう伝えることは伝えたので話すことなんてありませんよ。黒川くろかわさんの事は起きた事しか知りませんし、話をするふりをしたのは一条くんに機会をあげたかったからです。もういいですか?」


「えっ、ダメだよ。というか『ふり』なの?」


「ふりでしょう。何で私が黒川さんのことを話さなければいけないんですか? 私よりもっと話を聞くべき人が大勢いるでしょう。彼女の交友関係で私は端も端。特に聞かなくてもいいレベルですよ。一条くんいきましょう。無駄な時間だったわ」


 確かに生活指導と話してわかったのは、教室にいけばわかる程度の情報しかなかったわけだけど。

 副会長のことを生活指導は把握しているとか、生徒の反応を見て対応を決めていることとか、事態の収拾までの道筋も考えているとか。

 僕にとってはまったく無駄なことでもなかった。


 しかし、姫川さんにとっては無駄だったのだろう。知ってる先生だからか容赦もない。

 まさか自分だけ聞いて相手の話を聞かないなんて……いや、まだ僕しか話してないな。

 今になって嫌だと言うのはどうかと思うけど、生活指導も口を閉ざしたのだからイーブンなのか?


「ズルくない!? こっちは譲歩してやったのに!」


「譲歩? 私が何か譲歩されるようなところがありましたか? この教師は本当に何を言っているのかしら」


「このっ、下手に出ていれば調子に乗りやがって……。こっちはお前から話を聞く必要があるんだ。姫川、必要がある以上は協力が義務だぞ」


「そうですか。なら私は生活指導に脅迫されたって直接校長室に言いにいきます。ついでにさっき聞こえた悪口も全て伝えますから。あーあ、いい先生だったのに。残念です」


 完全に上を取られた生活指導が可哀想に見える。

 僕も本当にズルいと思う姫川さんには「うわぁ……」と言うしかなく、最初からこうするつもりだったのだとしたら恐怖すら感じる。


 そして今日はやっぱり何割か増しで不機嫌らしい。悪い部分がかなり表に出てしまっている。

 先週までは常にニコニコしていてとても接しやすかったのに……。いや、それもおかしいな!?


 思い返せば新学期が始まってから姫川さんはずっとそうだったんだけど、姫川さんは通常こんな感じだったはずだ。

 つまり先週までがおかしかった? なんで?


「──って、姫川さん。いくらなんでもそれはやりすぎだよ! さっきのは聞かなかったことにして、先生の話も聞いてあげようよ!」


「……い、一条。やっぱりお前はいいやつだな」


「貴方は本当に甘いわね。そんなだから……。いえ、やめましょう。それで私に聞きたいことってなんですか。手短にお願いします」


 感謝の証なのか生活指導に抱きつかれていて、姫川さんの言葉が一部聞こえなかった。

 しかもあまりいい内容ではないらしい。

 何故なら僕だけ姫川さんから本気で睨まれたからだ。今日一番おっかないです……。


「いや、そのな……。先生が聞きたいのは黒川美雪みゆきのことというよりな……。姫川は近所なんだろう? 知ってる範囲で構わないから黒川美雪のご両親、、、のことを教えてくれないだろうか?」


「あぁ、そういう話ですか。娘が怪我した理由を報告書にまとめろとでも言われたわけですね」


「仰る通りで。一人娘が学校で怪我したんだ。何があったのかと思う親の気持ちはわかる。モンスターペアレントだなんて先生は言わん。しかしだな、あまりにもな……」


 生活指導が姫川さんに聞きたかったのは黒川さんの両親のこと?

 そして黒川さんの両親って言うと、前に家族の写メを見せてもらった時のあのマフィアみたいなパパのことだろうか?


 察するにサラリーマンと黒川さんは言ってたけどサラリーマンにはどうにも見えないあのパパが、今回の件でかなり怒っているというわけか。

 ……マズいな。それはマズいだろ。絶対にマズいよ。


「彼女の担任は前に一度やられてるみたいですしね。それで今回は早々に泣き付かれ、上からも何とかしろと言われていると」


 以前にもあのパパが……。

 それで担任からはモンスターペアレントと。

 しかし黒川さんのクラスの担任は男の先生なのに、それが早々に自分より頼りなさそうな生活指導に泣きついてくるって。

 前に何があったんだろ。すごく怖い……。


「その通りだ。そして対応を間違えると責任を取るためにちょうどいい首が一つ飛んだりする」


「あら、それは残念です……」


「そうならないために聞いたんだよ! 何か好きなものとか、機嫌を取る方法とか知らないか。先生を助けると思って教えてくれ!」


「それはやめた方がいいですよ。下手なことはしないことです。出せと言われたなら素直に報告書を出した方がいいですよ。そのあとがどうなるにしてもです」


 姫川さんの言葉は生活指導に向かって言ったものだ。でも、その視線は生活指導をではなく僕を真っ直ぐに見ている。

 まるでお前にも関係あると言うように。


「黒川美雪のもダメか……」


「さっき犯人はわかってるって言いませんでした? 鯨岡くじらおかって副会長だって。報告書に名前を出せばいいじゃないですか。こいつが悪いと」


「鯨岡については何の罪にも問えない。あいつはそこを、、、わかっててやってるし、下手に市議の息子に噛みついてみろ。パパパワーがこわい……」


「情けない。なら先生は事故だと報告書をまとめて提出、あとはこの一条くんに任せてください。こっちはこっちで情けないんですが、私がサポートして早々にケリをつけますから」


 そう言うと姫川さんは僕の腕を掴み、今度こそ保健室を後にする。

 しかし一時間目が終わるまではまだ時間があるし、こんな見るからに怒っている姫川さんに連れていかれたくないんだけど……。

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