第66話 嵐の中で ③
流石に始業間近の今の時間から保健室にいる生徒はなく、いたのは養護教諭と生活指導の教師。
そんな場所も時間も組み合わさえも珍しいだろう二人が、朝から何を話していたのかはドアを開けた際に聞こえてしまった。
「なぁ、お前ら。今の聞こえた?」
「はい。けっこうしっかりと」
「そうか。聞こえたか……」
生活指導の教師は僕の返答に対して天を仰ぐように顔を上に向け、そのまま数秒間停止して浅く息を吐き、再び僕たちの方に顔を向けた(勢いよく)。
「──今聞いたのは他言無用な! 教師だっていろいろあんのよ。特に今はいろいろあんの。多方面からの圧力と忖度との狭間から抜け出せない先生が可哀想なら黙ってろよ!」
その口から出たのは朝から養護教諭に盛大に愚痴を漏らしていたところを生徒に目撃。
それも一番聞かれたくないだろう部分をしっかりと聞かれてしまった教師の叫び。
「できるなら聞かなかったことにしてくれてもいいぞ。校長先生はぜんぜんクソじゃない!」
月曜の朝から大声で愚痴を言ってしまうくらいだから、教師というのは本当に大変なんだろうと思う。聞かなかったことにしてくれと言うならそうする。
しかし、ドアが開きっぱなしなのはいいのだろうか?
もし近くに誰かいたら今のも丸聞こえだし、そうなったら口止めする人数は増えるし、万が一それが愚痴の相手だったりしたら詰んだりするんじゃないだろうか。
まとめるとなんかいろいろとダメだと思う……。
「──この教師はいつもこんななの?」
姫川さんは僕と同様のことを思っていたのか、気づいていない生活指導の代わりに背後のドアを閉め、振り向きざまにポツリと意外なことを言った。
「えっ、いつもって姫川さんこの先生知ってるの? 僕たちの受けてる授業には出てこない先生だと思うんだけど」
「えぇ、だってこの人はボランティア部の顧問ですもの。短い間だったとはいえ部にいれば会うし、どんな人間なのかはそれでだいたいわかるわ」
「あー」
優しい方の生活指導として有名だからではなく、実際に接しての評価ではどうしようもない。
そして姫川さんの見立ては正しい。
この先生はだいたいこんな感じだ。
やり取りにまったく興味なさそうな養護教諭も同じ意見だろう。
「それであなたたちは? 具合悪いの?」
「いえ、特には。少し聞きたいことがあってきました」
「……聞きたいこと?」
「
聞こえた愚痴の中に黒川さんの名前はなかったが、生活指導が上司の愚痴を漏らし、保健室では無理だと判断した養護教諭と話していた内容というのは
姫川さんの言葉に一瞬目を合わせた教師たちの反応はそうだと言ってしまっている。
「私は
何をしに保健室に連れてこられたのかわからなかったけど、姫川さんは「階段から落ちた黒川さんが病院に行った」としか知らない僕に、金曜日の顛末を教えるために保健室に連れてきたのか……。
黒川さんとは金曜日以降一切の連絡がつかず、怪我の詳細も人から聞いたことしか僕は知らない。
授業を抜け出して僕が病院に行った時にはすでに黒川さんは帰ったあとで、学校に戻って聞けたのは「大事はない」とだけ。
あとは合わせる顔がないと言い訳して部屋に閉じこもり、そこを
「──ちょっと待て。なんで姫川が黒川
「説明が面倒なので黙っていてください。というか、いるはずのない人なんですから話に入ってこないでください」
「なんかピリピリしてるな。いつにも増して愛想がないし。嫌なことでもあったのか? ……なんでもないです」
背景がわからない生活指導にはわからないだろうが、僕は姫川さんがいつにも増して不機嫌な理由がわかった(睨まれた教師が黙るくらい)。
黒川さんの斜め向かいの家に住む姫川さんは、黒川さんと話してきたから機嫌が悪いのだ。
その内容などわからずとも間違いない。
「あー、その子が噂の彼氏ね。でも何で彼女から直接聞かないの?」
「『スマホは私を庇ってお亡くなりになった』らしいので。現在連絡手段がないんでしょう」
「……体育の授業中にスマホを持っていたのはこの際置いておきましょう。管轄外だし」
姫川さんと養護教諭とのやり取りに「彼氏!?」と反応した生活指導の様子も気になるが、それよりも遥かに続きが気になるから後回しだ。
というか、この先生本当にうるさい……。
「病院に連れていったのは念のためよ。頭は打ってないって話だったけど念のためね。彼女の怪我は捻挫とすり傷で全治十日くらい。そもそも大事なら救急車がきてたわよ」
「だそうよ。本人は怪我したところ以外は元気だから。携帯は壊れたから連絡がつかないだけ」
「ところで姫川さん。本当に何であなたが? 黒川さんからあなたたちの仲が良いなんて話を、一度も聞いたことなかったと思うんだけど?」
「……家が目の前だからですかね。母親がきたかと思ったら次はその娘。本当にあの親子は……」
黒川さんの様子を聞け安堵したのもつかの間、うっかり聞いた養護教諭も後悔するほどに姫川さんの機嫌が悪くなった。
これ以上は間違いなく何も聞かない方がいい。
「──何、姫川は黒川美雪の近所なの!? で、一条は彼氏!? おいおいそんな話聞いてないぞ……。ところで姫川は黒川の親御さんとも仲が良いんだよな!」
ダメだった……。
黒川さんから嫌がらせの話を聞いた、比較的優しい方と噂の生活指導が変に食いついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます