第65話 嵐の中で ②

「──私では、その、少し説明が難しい内容なので、春馬はるまのところに聞きにいってください」


 昨日。日曜日だというのに心配して僕のところにきてくれたゆいちゃん。

 そんな結ちゃんに先週あったことを素直に話したら、春馬くんのところへいけとアドバイスをくれた。


 自分では説明が難しいと言った結ちゃんの反応から、何に、、関係する内容なのかはだいたい理解できたけど、それがどう噂や嫌がらせに関係するのか確かなところまではわからない。

 春馬くんのところにいって直接聞くしかない。

 でも、それで表も裏も全てがわかるはずだ。


「……つかさ、そのあとはわかりますね?」


 結ちゃんはこれ以上は首を突っ込んでほしくないみたいだったけど、同時に真相へと繋がるだろうアドバイスもくれた。

 これが意味するところに不安が残るわけだけど、すでに引き返せないところまで僕はきてしまっている。


 黒川くろかわさんのことも、箱崎はこざきさんのことだってある。起きた事に真相があるというのなら僕は知りたい。

 うん、昼休みに春馬くんのところへいこう。

 ……それには一つ準備というか用意が必要なんだけど、手伝いを誰に頼むかは教室についたら考えよう。


 あとは何がいいのかも考えないとか。

 しかし春馬くんの好みなんて知らないや。

 そうなるとやっぱりここはメロンパンだろうか?


「あっ、一条いちじょうくん。おはよう」

「……おはよう」

「私たち、、少し聞きたいことあるんだけどいい?」


 金曜日に一悶着あった早い時間のバスには一人だろうと乗りにくく、今日は遅い方のバスで登校してきたわけだけど、こうしてグループから話しかけられるというのは金曜日の朝を思い出す。


 あの時も最初はこんな感じから始まったんだ。

 そして彼女たちも僕とも黒川さんともクラスが違う。そんな彼女たちが僕に聞きたいことというのはだいたい想像できる。


「一条くんって、黒川さんと付き合ってるの?」

「私たち。ちょっと意外だなぁって思っててさ」

「うんうん、黒川さんっていろんなあるしー」


 どうやら女の子というのは本当に他人の恋愛話が気になる生き物らしい。

 これの行き着くのが誹謗なんだとしても、入り口はみんなここからというのも同じで、興味本位で聞けば答えると思っているのだろう……。


「うん。付き合ってるよ」


 でも、答えないという選択肢が今の僕にはない。

 印象を悪くしていいことがない以上は答えるのが正しくて、それが少しでも噂の火を消すことに繋がると信じるしかない。


「うわっ、本当なんだ!」

「どっちからって彼女からに決まってるか」

「やっぱ軽いんだ。噂通りじゃん」

「一条くんも男の子なんだね。いがーい」


 だけど、我慢する必要が本当にあるのかとも思ってしまう。

 印象がどうとか気にせずに、笑っている彼女たちのように、僕も言いたい事を言ってはいけないとかと考えてしまう……。


「あとあと、姫川ひめかわさんとはどうなの?」

「なにそれ。姫川さんってあの姫川さん?」

「えっ、あんた知らないの? 一条くんは姫川さんを振って、黒川さんと付き合ってるらしいよ」

「ヤバっ、そんなことある。ちょっと引くかも」


 本当に好きに言いたい事を言ってくれる。

 彼女たちは興味本位だろうと本当のところが知りたいんだろうから、その本当のところを余すことなく教えてあげたくなる。

 きっと聞いてよかったとは思えないだろうから。


「私、一条くんっていいなぁって少し思ってたのに……」

「えー、あんたもっとカッコいい人がタイプなんじゃないの。高木たかぎくんとか言ってなかった?」

「どっちにしても一条くん彼女いるよ。ビッチなだけど!」


 彼女たちは自分が一人じゃないから、こんなにも一人に対して強く出れるのだろうか?

 一人じゃないから一人の側の気持ちを理解できなんだろうか?

 一人の方は言われるままだと思っているのか?


 ……詰まるところ僕はこういうの、、、、、が嫌いなんだろう。

 だからスクールカーストなんて意識してなかったし、上位だ下位だというのもいまいち納得できない。優劣をつける以上に許せないと思うのだ。


 彼女たちには誹謗だの中傷だの以前に、言葉というのはちゃんと痛みがあるものなんだと教えないとダメらしい。

 中には複数人にだろうと反撃してくる人間もいるんだと、彼女たちはこの際理解した方がいい。


「──そのくらいでいいんじゃない?」

「えっ、あっ、姫川さん……」

「高木くんも……」


 背後から僕の肩を掴み後ろにと下がらせて、代わりに前に出てきたのは姫川さん。

 そんな姫川さんの隣には高木くん。

 いつの間にか朝練がない日はおそらく最後に登校してくる、高木くんたちのグループが登校してくる時間になっていたようだ。


「それで? 私が何?」

「あっ……そんいうんじゃなくて……」

「そうじゃないならどうなの。教えてくれるかしら?」

「だから……」

「だから、何?」


 完全にタイミングを失った僕からはいつも通りな姫川さんにしか見えないけど、彼女たちからは姫川さんが怒っているように見えるのだろうか?

 なんだか場の空気さえ姫川さんに怯えているような気さえする。

 姫川さんが不機嫌なのはいつものことなの……いや、ここ最近は違ったような気もする。


「──ストップ! らしくないよ姫川さん。男子が引いてるよ。きっと向こうも悪気があるわけじゃないんだよ。だから穏便に、平和的にいこうよ!」


鯨岡くじらおかさん。貴女はまあそう言うんでしょうね」


「わたしのことは名前で呼んでと再三言ってるのに……。クラスでも苗字で呼ぶの姫川さんと高木くんだけだよ。っと、今だ! あとは任せてあなたたちは逃げなさい!」


 さらに間に割って入った高木くんたちのグループの有紗ありささんが、自分を盾にして背後の女の子たちに逃げるように指示を出す。

 女の子たちなそんな有紗さんに頷くや否や、一目散に昇降口にと向かっていった。


「ふぅ、朝から大事になるところだった。危機一髪。一条は大丈夫?」

「……うん、ありがとう。助かったよ」


 これで有紗さんに助けられたのは何度目になるだろう。僕が自覚しているだけでも数回は確実だ。

 有紗さんとはクラスがずっと同じせいか、僕が揉め事に関わるからなのか、今のように時折フォローされる。


「どういたしまして。それじゃあわたしたちも教室にいこうか。みんな揃って遅刻しちゃう!」


 この目立つグループの中であっても目立つ存在である有紗さんに急かされて、みんなが遅刻するまいと教室へと急いで向かう中。

 そんなグループの人間ではない僕の横に並んだ姫川さんは、「一条くん。なんだか具合悪そうよ」と言い、教室ではなく保健室へと僕を連れていった。

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