第64話 嵐の始まり

 今週の月曜日。黒川くろかわさんが自身の嫌がらせのことを担任の先生に相談し、嫌がらせの事態が学校にも伝わった。

 これにより嫌がらせと付随する噂の二つが学校の把握するところに、つまり表沙汰になった。


 黒川さんは昼休みに担任の先生に事情を話し、放課後は職員室近くの応接室に呼ばれ、より詳しい事情を聞かれていた。

 聞かれていたと表現はしたのは、当事者でない僕はこのどちらの会話も、事後報告という形で黒川さんから聞いたに過ぎないからだ。


 だから会話内容も聞いた限りしかわからない。

 嫌がらせのあった時期と内容の聞き取り。

 嫌がらせする相手に心当たりがあるかの確認。

 それにより体調を崩したり、精神的にまいっていないかを主に聞かれたと黒川さんは言ってた。


 この時点ですでに担任と生活指導と校長と、事態を把握の必要がある先生が揃っていて、学校は翌日すぐに動き出したのだから対応は迅速だった。

 学校はきちんと事態に対処する姿勢を見せた。


 問題は黒川さんの訴えを確認するや否や僕たちを裏切り、裏で動き出している副会長だったんだ。

 僕たちは副会長に春馬はるまくんが怪しいと言われたのが頭の中にあったからだろう。

 副会長の裏切りにすぐに気づけなかった……。



 火曜日。この日は全学年の各クラスで、朝一で予定にないホームルームが行われた。

 その内容は嫌がらせやいじめに関するアンケート。「何か見たり聞いたりしたことはないか?」といった内容で、黒川さんの名前などまったく出ない形で行われた。行われたんだ。


 だけど、昼休みに僕のところに黒川さんが現れた時からすでに、周囲からは小さくではあるがヒソヒソと聞こえていた。

 誰がアンケートの当事者なのかというが。


 この時点でその話を知っていたのは僕と、黒川さんと、副会長と、行われたアンケートから事情を察することができただろう箱崎はこざきさんの四人だけ。

 噂が黒川さんの名前を一切出さなかった学校からとは考え難く、朝のことを昼までに噂にすることは知らなかっただろう春馬くんにも不可能だから、噂を広めたのは僕たちを除いた二人、、


 それぞれがスクールカーストの上位という自分のの位置を利用して噂を広められ、事態を表沙汰にする以外の目的を持っていた副会長と箱崎さん。

 実は二人は最初から裏で結託していて、その上で僕たちを利用するために近づいてきていたんだ。


 僕たちはそのこともヒソヒソ話しの内容もわからずに過ごし、噂の広まり方や内容が「おかしい」と気づいたのは、もう全てが手遅れになっている次の日だった……。



 水曜日。この日の放課後には被害者であるはずの黒川さんが悪者になっていた。

 原因は異常なほどの速さで広まって深く浸透した噂だけど、この時の僕にはわけがわからなかったし、どうすることもできなかった。


 だけど、そこでようやく僕は副会長が裏切ったのだと気がつき、同時に噂のできかたも知った。

 噂は春馬くんではなく春馬くんを怪しいと言った副会長こそが流していて、黒川さんはその噂の標的として最適だったんだ。


 悪目立ちする黒川さんだったからこそ、噂は異常な速さで広まったということだろう。

 ようやくそれに気がついた僕にできたのは副会長に詰め寄ることだけ。

 でもそれも悪びれることもなく返されてしまった……。


 副会長は噂を意図的に流した人間ではあるけど、その他のことには一切関与していないからこそ、あんな態度が取れたんだと思う。

 この根拠はあの人が最低な人間だからだ。

 事態に対して自分に非がないと言えるのはもちろん、むしろ事態に対して協力したとさえ言える状況を作っておくのだから最低で、その最低さだけは信用できるから。


 そんな副会長のせいで広まった噂は根も葉もないものなら否定することもできたけど、ほとんどが本当のことで、その中に紛れた偽物だけを否定するのは難しかった。

 それでも僕は黒川さんを庇ったけど、庇うことでさらに状況は悪くなっているような気がした……。



 木曜日。「嫌がらせのアンケートの当事者」から始まった黒川さんの噂は、それとは関係ない噂にすり替わり勢いを増していき、最後には誹謗中傷に変わっていった。

 これには流石の黒川さんもから元気すらできないくらいにまいってしまい、その弱々しい姿を僕はどうすることもできなかった。


 僕がかける言葉は何倍もの好奇や悪意に潰され、どこにいても感じる視線に居心地のいい場所はなくなり、自分のした事だからとただ心をすり減らすだけ。

 そんな自分を擁護する人たちも自分と同じ目で見られると言い、関わりを避けて自分から距離を取ることにし、孤立して独りになっていくだけ……。


 謂れのない誹謗は黒川さんと付き合っていると大々的に広まった僕個人にもきた。

 しかし僕は周囲から擁護される方が多く、しかしその擁護の言葉は僕個人を擁護するもので、そんな言葉が意味するところは結局は黒川さんへの中傷でしかない。


「どうしてあんな子と付き合っているの?」

「評判が悪くなる」

「別れた方がいい」


 などなど、僕の意見なんて少しも入っていない言葉の数々。黒川さんのことを何も見えてない言葉の数々。

 ありがとうと口で言ってはいても、ありがとうとはまったく思えない言葉……。



 金曜日。学校に到着するまでにすでにバスの中で一悶着あり、しばらく朝は二人で登校するのをやめようかと話した。

 それでも黒川さんのクラスの前まで一緒にいき、黒川さんの隣の席の綾瀬あやせさんが「任せろ」と言うように僕に頷いたのを見て、少しだけ安堵して僕はこの日の授業に臨んだ。


 その綾瀬さんが顔色を変えて、体操着のままで僕のところにきたのは、昼休みになって間もなくだった。

 直後に廊下で綾瀬さんから聞かされたのは、黒川さんが「授業中に階段から落ちた」という話。


 この階段というのは校舎からグランドへの階段で、段々になっている学校の二段目に当たるグランドに行き来するための階段で、高さにすると三メートルはあるだろう階段だ。


 そこから途中からだろうと転がり落ちて無事なわけがなく、保健室では処置できないから病院にいったと僕は聞かされた。

 僕はすぐにでも病院に行きたかったけど、綾瀬さん以上に真っ青な顔をして現れた箱崎さんを無視することができなかった……。


 震えながら箱崎さんは「こんなつもりじゃなかった」と言い、どこかで聞いたような話を僕にした。

 話の内容は自主退学した先輩がいて、その先輩は嫌がらせを受けていて、私はそれが許せなかったのだと、どこかの副会長が語った理由そのもの。


 箱崎さんの話と副会長の話の違いは、自分が同じ立場だったらからこそ受けた相談も「こんなものがどうだと言うんだ?」と自分を基準に答え、その結果をあとで知り後悔して、先輩は自分ほど強い人間ではなかったのだと気づいたというところ。

 そして同様のことが起きた今こそ真相を探るチャンスだと思ったと、箱崎さんは本当のことを語った。


 僕たちが協力すると決めた理由すら偽物だったのは副会長で、箱崎さんもそんな副会長に利用されたに過ぎなくて、でも何もできなかった。

 これが僕たちに今週あったことだ……。

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