第63話 嵐の中で
「──
僕は
もちろん
でも、
……ああ、あの日なんて言うとずいぶん前のことのような気がするが、今日
先週の日曜日は一週間経っても鮮烈に記憶に残るほどいろいろがあった日で。
この
今は穏やかさとは真逆で、雨が強くて前はろくに見えず、風も強いし波も高く頼りになるような灯りもない。正に嵐の中だ。
──なんてのは全て比喩なわけだけど、全てが今に当てはまるのだから比喩は現実と変わらない。
僕たちは見えていた灯りを簡単に失い、どちらにいけばいいのもわからないままただ嵐に晒されて、終いには
変わらずに二人だったなら乗り切れた嵐だろうと、嵐から抜け出す方法も見えない僕一人では嵐の中に沈んでしまう。
こんな嵐の中に都合よく助けなどあるわけもなく、こちらから助けを求めるなんて先の見えない、この嵐の中に巻き込むような真似もできるわけがない……。
◇◇◇
「──少々。いえ、かなり拍子抜けしましたが、それが答えだと言うのなら私はあなたたちを認めるしかない。私の負けです」
どうして素直に結ちゃんを頼れなかったのか。
どうしてなんて決まってる。
ばつが悪いからだ。
その言いようが気に入らなかったからだ。
結ちゃんの本当に拍子抜けした、「期待はずれ」だと言いたそうな顔を見ていられなかったからだ……。
「──何言ってんだ。アンタ悪者だろ。いっちー、悪いこと言わないから
どうして
どうしてなんて決まってる。
信用してないからだ。
僕が春馬くんを少しも信用してないから、善意の言葉をアドバイスとしか捉えられなかったからだ……。
「──い、
どうして
どうしてなんて決まってる。
他に目を向けさせられていたからだ。
僕も
「──おいおい、事が表沙汰になれば当事者の風当たりが強くなること
一番許せないあの人のことはいい。
手段を選ばない人だと僕は知っていて、その上で協力すると決めて、結果ただ利用されただけだ。
相談自体が間違いだったなんて考えるだけ時間の無駄だ。
「……一条、悪い。注意して見てたはずなのに少し目を離したんだ。運動が苦手だからとか言ってないで、アタシがちゃんと
綾瀬さんは何を言われるまでもなく、嵐の真っ只中の黒川さんに気を配っていた。
そこにわずかな綻びができて、不運が重なっただけだ。
その場にいもしない僕が謝られた方が不自然で、綾瀬さんにろくな言葉をかけられなかった僕が悪い……。
「──はい。一番大きいわだかまりが解決したところで、この際言いたいことは言ってしまいましょう。対決はそのあとでということで。では引き続き、黒川
あんなに僕と結ちゃんに一生懸命に世話を焼いてくれた黒川さんが、いわれもない悪者になっていいわけがない。
もう取り返しなんてつかないんだ。一人でこれをどうしたらいいか考えろ。
先週に戻れたらなんて無意味なことじゃなく、やり直しがきかないんだから…… いっそ良いも悪いもなかったことにならないかな……。
◇◇◇
「──
一人になりたくて部屋に閉じこもっていたのに、ドアの向こうから結ちゃんの声がする。
鍵はかかっているから寝たふりでもして返事しないという選択肢もあるけど、それは黒川さんがしてくれたことをなかったことにするのと変わらない。
「……結ちゃん。どうしたの?」
ドアを会話できるよう少しだけ開け、普段と変わらない様子の結ちゃんを目にすると、やっぱりその気持ちはわからなくなる。
それでも一つだけ確かなのは、黒川さんのおかげでわだかまりはなくなり、僕はぎこちなくても以前のように会話すると決めたということだ。
「どうしては私の台詞です。どうして私に何も言わなかったの」
「どうしてって……」
どうしても何も黒川さんのおかげで僕たちのわだかまりはなくなったが、その直後に早速対立しているからだ。
そのまま喧嘩別れのようになり、再び非常に話しにくい雰囲気にあるからだ。
でも、ここでそれを理由に避けるのでは前に逆戻りだ。ちゃんと言葉にしないと。
それだけは前進したのだと、せめて自分で証明しないと。
「どうしても何も言えないから言わなかったんだよ。それに『頼らない』は『頼れない』になったから……」
「学校の問題に個人の事情を持ち込むなんて公私混同も甚だしい。いえ、それ以前の問題ですね。馬鹿馬鹿しい」
「──っ、何が馬鹿らしいって言うんだ! 僕たちはちゃんと考えて行動してた。あの副会長さえ裏切らなければ上手くいってた!」
上手くいってたはずなんだ。
誰も傷つかないままでやれたはずなんだ。
あの人さえ裏切らなければ。
そうすれば……。
「──でも裏切られた。見えていなかった事柄があった。事態に対する情報も足りていない。力不足。いえ、役者不足ですか。よくその程度で自分を過大評価したものです」
「わかってるよ!」
わかってる。あとになって様々なものが足りていなかったのだとわかってる。
特に役者不足だなんて痛感してるさ。
結ちゃんだったら上手くやれたんだろうと思ってる。でも。なら。どうしたらよかったんだよ……。
「わかっているならどうして人を頼らないの? 私をじゃなくてもいい。あなたの周りの人たちを。二人で無理だったなら無様でも誰かを頼りなさい。本当に馬鹿」
「……結ちゃん」
「司、私が一人でやっていると思っているなら間違いです。自分一人でできることなどたかが知れてる。それなのにあなたたちは誰かに頼ることをしたがらない。それは美点ではなくむしろ欠点ですよ」
その容赦のない言葉に思わず大きな声を出し、半開きのドアに苛立ちをぶつけるように勢いよく開け、表情ひとつ変えずに冷酷なことを言う結ちゃんを僕は睨みつけた。
結ちゃんはそんな僕を見て小さく息を吐き、自分の両手で僕の手に触れ、自分の伝わらない温度を伝えようとするようにして言葉を紡ぐ。
「……先週は私の言い方が悪かったようです。私はあなたたちのやり方に理解はできても納得ができなかった。でもそれは司が一人で出した答えではなかったからです。そしてそれも当然でした。あれは司と黒川さんと二人で出した答えだったのですから」
「うん。その通りだ」
「ごめんなさい。もっと私が上手く言葉を見つけられれば、意地を張らずに私を頼れたかもしれないのに……」
「結ちゃんが謝ることなんて……」
すぐあとに続くはずの「ないよ」は上手く声が出なくて言えなかった。
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