第61話 日曜日の決戦 ⑤

「──さて、それでは改めて聞きましょう。どうして彼女、、がいるの?」


 お昼寝中の弟の寝顔を撮影したいと言ったゆいちゃんが、その目的を達成したのか部屋に現れた。

 結ちゃんは丸テーブルを挟んで僕の真正面に座り、自分の左側にいる黒川くろかわさんについて聞いてくる。


 その様子に先ほどまでの感じは微塵もない(とても僕たちより撮影を優先した人には見えない)。

 もう言動や雰囲気も含めて普段通りの結ちゃんだ。


「私は下で余すところなく聞いてきたと思いますが、一応あなたたちの口から直接聞きましょう。今日の最終的な目的は?」


 結ちゃんもこの部屋にきたのは初めてなのに、黒川さんと違い特にキョロキョロすることもなく。

 まして家探しを始めるなんてこともなく。

 あくまでここにきた目的のみを果たすつもりらしい。どうやら対決は避けられないようだ……。


 とはいえ、こっちもやけに長かった撮影中(終わってから母に捕まっていたのか)に打ち合わせの時間をもらったわけだから、このまま対決になろうと乗り切れる。しかしだ。


「──はいっ! その前に質問いいですか」

「黒川さん、何?」

「今時どうしてスマホじゃないんですか? というか、あの時代遅れの携帯はどうしたんですか?」


 まぁ、そうなるだろう。とてもではないがあそこからシリアスな展開にはならない。

 結ちゃんがいつも通りなだけに無理だ。

 まずそこに食いつくのもどうかと思うけど、黒川さんは一番そこが気になったのだろう。


「時代遅れ……。これで特に不便はないですし、携帯電話として必要な機能に他と大差はないと思います。そしてこれは祖母が買い替えた時に前のをもらいました」


「ちなみに婆ちゃんはスマホだよ。そして前のを貰ったって言うけど、それを結ちゃんが貰ったのは中学生になるより前だよ」


「──マッ!?」


 短いがそんなに驚くのかというくらい黒川さんは驚き、結ちゃんは黒川さんが何にそんなに驚いているのかわからないらしく僕を見るが、僕も思うところがあるからこの際はっきりさせておきたい。


「僕もいい加減に機種変更するべきだと思うよ。結ちゃんが不便じゃなくても周囲はきっと不便だよ。さっきのだってスマホなら簡単に画像を送ったりできるし、連絡手段も電話だけじゃなくなる」


「そうか。スマホじゃないから調理部でも誰も連絡先を知らなかったのか……」


「ちなみに僕も結ちゃんの番号は知らないです。代わりに婆ちゃんからはLINEもくるけどね」


「──マッ!?」


「ほら、黒川さんも今時LINEすらできないことに驚きを隠せないでしょ。家族はLINEするんだから結ちゃんもLINEやTwitterという素晴らしい文明を手にするべきなんだよ。スマホにしよう」


 直接やり取りすることがなかったからこれまではよかったけど、ここ最近を考えると結ちゃんにもスマホになってもらいたい。

 顔を合わせて会話しなくていいなら、僕から結ちゃんへのコミュニケーションも取りやすい。

 いや、むしろ積極的にコミュニケーションを取る。


 例えば「今どこ?」って聞けばそこには絶対に近づかないようにできるし、「今日くる?」って予め知れれば部屋に立てこもるだけでなく外出することだってできる。

 こんなに素晴らしいことが他にあるだろうか? 否だ。あるわけない!

 結ちゃんがスマホになれば革命が起きるのだ。


「ところで一条いちじょう。なんかずいぶんとスマホを推すけどその心は?」


「えっ、あー……その方が便利だと思うからだよ! 今時みんなスマホだし」


「嘘つけ。LINEすれば顔を見なくてやり取りできるとか考えてるのが見え透いてるぞ。LINEを口実に女の子を誘うのが普通だとすると、LINEを口実に避けようとするオマエは最悪だ!」


「!?」


 なっ、なんだって……。

 僕の考えは素晴らしいんじゃなくて最悪なのか?

 ニアミスしないためにもできた方が絶対にいいのに。僕が間違っているというのか?


「どうもオマエは逃げから気持ちが一向に変わらないみたいだな……。安斎あんざい先輩もこの際言ってやってください。もっと仲良くしようって!」


「仲良く? すでに仲はいいと思いますが?」


「んんっ!? も、もしかしてですけど、一条と仲がいいと思っていたりします?」


「……違うの? つかさも思春期ですし、私も最近あまり世話を焼かないようにしているけど。昔から仲はいい……」


 すごく難しい顔をした黒川さんを見た結ちゃんは最後まで言うことができず、また僕の方を見るが僕も黒川さんと大差のない顔をしているだろう。

 こんなにも認識の違いが浮き彫りになっては仕方ない。


「えーーと……。これどうしよう……」


 流石の黒川さんでもこればかりはどうしようもない。

 僕の結ちゃんへの意識は一週間程度では少しも変わらず、結ちゃんは僕に何の疑問も持っていなかったのだ。すぐにどうこうできないしならない。

 

「司は私のことが嫌いなの?」


 そしてあっという間に、結ちゃん本人から核心をつく言葉が出てしまった。

 僕は結ちゃんを嫌いではなく苦手なんだと思ってきたが、副会長へ感じた嫌いとどう違うのかなんて今はもうわからない。


「……」


 嫌いなのかと問われれば「違う」とも「好きだ」とも答えることはできない……。

 ならそれは「嫌い」なんじゃないか? 僕は結ちゃんのことも、


「──あー、もうっ。あーしがやるしかないじゃん! 安斎先輩、泣かないで聞いてくださいね。これは第三者から見た勝手な推察であるとも理解してください。えー、先輩はもう限りなく、ほぼほぼ間違いなく一条に嫌われています」


「やっぱりそうなの……」


「でも、それは先輩からの言葉が足りに足りないのと。一条が女心とか理解できず、急に変わった先輩のことも理解できず、どちらからも逃げることで今日までやってきたからです。まずはここを解消しましょう」


「でも嫌いなんでしょう?」


「そこは、その、他の人よりはと思って! あーしが見た一条の好感度最底辺よりはかなりマシですし、実際のところもそんなに致命的ではないんです。ただ本当に言葉が足りてないだけで。 ……どうしてこんなことになった!?」


 どうしてなのかはわからない。しかし、どこからでもこうなる可能性はあったのだと思う。

 今日がこうなる前に逃げることができなかったというだけで、どこかでは間違いなくこんなことになっていたんだ。


 問題に気づいていたのに先送りにし続けたツケというのは、どこかでまとめて払わなくてはいけないものらしい……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る