第60話 日曜日の決戦 ④

 

 直前に彼女の素が露呈したからなのか、改めての彼女の紹介から始まった豪華な昼食。

 何のだったのか不明だが乾杯から昼食は始まり、変に気を張る必要もなくなったからか会話も弾み、もうずいぶん前に昼食は食べ終わった(作りすぎによりだいぶ残りはしたが)。


「──で、一条いちじょうったら一番に部長の人に付き合ってるって言ったんですよ。こっちにだって都合もあるのに。報告するにしても順番おかしいですよね」


「うんうん、母親にじゃないにしてもねー。まずは近い友達と共通の友達。次に親兄弟でしょう。最後にその他大勢に報告するにしても、予め意見は聞いてもらいたいわねー」


「そうなんですよ! まったく。あと意見ていえば──」


 しかし、これはいつまで続くんだろう……。

 食べたら眠くなるらしい弟もお昼寝に退場したというのに、母と黒川くろかわさんのに僕に対するトークに終わりが見えない。


 眠いと言った弟を運んでいった父は一向に戻ってこないところを見ると、これに巻き込まれたくないからしばらく戻ってこないつもりなんだろう。

 今頃は部屋で趣味のゲームに興じているんじゃないか? なんて羨ましい。そして自分だけずるい。


 僕だってこれを放置していいなら理由をつけて逃げ出すが、その場合どんな会話があったのかを知る方法がなくなり、あとでどうなるのかも予想できないから逃げられないというのに……。


「──そ、そろそろ片付けようよ。母さんもやることあるし、僕たちも課題があるよね?」


 だが、僕はこのトークをそろそろ。本当に。終わらせたい。

 終わらないんだったら終わらせるしかない。

 母は朝から昼食の用意に掛かりきりで何もしておらず、黒川さんは自分一人ではやらない課題(やらなければならない)があるんだ。嫌だとは言うまい。


「イヤよ。もう夕飯の用意はしなくていいし、勉強するだなんてどうせ建前でしょう?」

「そうだそうだ。まだまだ時間はあるし、本当に勉強しようだなんて真面目か!」


 ダメだった……。普通に嫌だと言うんだ。

 これ、母は作りすぎた料理をそのまま使うつもりで、黒川さんはただ遊んで帰るつもりだ。

 下手すると今日の残りは明日のお弁当にも出てくるし、課題はきっと明日になってもやらないぞ。


 やっぱり副会長の威厳なんて空気もいいところだ。黒川さんにまったくやる気も危機意識もない。

 副会長の「訴えを起こす以上はきちんとした上で」なんてまるで気にされてない。

 僕は副会長と二人で頭を抱えることになるなんて嫌だぞ。しかし……。


「あっ、司。来るって言ってた宅配便きたみたいだから受け取ってきて。お父さんのだから。ハンコは電話の下ね」


 鳴ったインターホンに出ていく気もないと……。あと、あの父はまた余計な物を買ったのか。

 この頃、新しいのを買ったら前のを僕に押し付ければいいと思っている節があるな。そのうち楓が欲しがったからとか言い出しそうだし。


 いい加減にしないとコレクションごとリサイクルショップに持ち込まれ、まとめて処分される日も近いというのがわからないのだろうか?

 まあ、そうなったら自業自得と言うしかないな。


「はい、お待たせしまし……──んんっ!?」

「珍しいですね。つかさ、こんにちは」

ゆいちゃん……」


 宅配便だと思ってドアを開けたら、そこには配達の人ではなく結ちゃんが立っていた。

 きちんとインターホンのカメラを確認していれば黒川さんを連れ部屋に立てこもれたが、ハンコ持って出てきてしまっているからもう不可能に近い。


「どうかしたの? 顔色が悪いようだけど」

「な、なんでもないよ! ところで何か用事?」

「いえ、特に用事があるわけでは。今週はタイミングがなくかえでの顔を見ていなかったので顔を見に」

「そ、そっか。わざわざきてもらってあれだけど、楓は今お昼寝しちゃってるなー」


 普段からふらっと現れる結ちゃんの訪問(今週は一度もきてない)は想定内ではある。

 想定外はリビングでトークに夢中の二人で、問題はここからこれ、、をどうするのかだ。


 楓は本当に寝ているのだから結ちゃんの目的は果たせないし、来客がある今ここで帰ってもらってもおかしくはない。

 しかし来客というのは黒川さんであり、黒川さんが我が家にきている理由というのが、元を辿れば結ちゃんであったりもするわけで。


 つまり考えようによっては、母から結ちゃんに情報がいくまでの間を省略。

 上手くすれば今日で決着がつけられるかもしれない、出来すぎた状況だとも言えるわけだ。


 でもなー、こんな急にはなー。

 今日の黒川さんのことでいっぱいいっぱいで、そのあとのことは何も決まってないんだよなー。

 このあと二、三日は日にちがあると思ってたからなーー……。


 うん、無理だ。急にクライマックスにはできない。申し訳ないが帰ってもらおう。

 ここで家に入れたら「また一人で勝手してっ!」って間違いなく黒川さんに言われる気もするし。


「結ちゃん。申し訳ないんだけど、」

「……司、楓は寝ているの? ど、どこで?」

「へっ? あー、お昼寝に二階のベッドには連れていかないから、真っ直ぐいった奥の和室かな」


 僕がそう言った瞬間に結ちゃんは真横を素早く通り抜け、しかしきちんと脱いだ靴を揃えて端に寄せ、楓がいると言った奥の和室へと一目散に進んでいってしまう。


「──お邪魔します」

「ちょ、ちょっと、結ちゃん!?」

「司、何をしてるの。早くきて」


 まさか結ちゃんがこんなふうに行動するなんて思いもつかないし、他には一切目もくれないというのも初めて見た気がする。

 普段はもっと周囲の様子に気を配って、気を使っているように見えるのに……。


「司、司、ぜひこの様子の記録を」

「記録? 記録って写メとか?」

「それです。撮ってください」

「あっ、スマホ持ってない。ちょっと待ってて」

「早く!」


 楓が起きてしまうからか部屋には入らず中を覗き込む結ちゃんは、普段からわりとよく見る様子を撮影しろと言う。

 そんな結ちゃんに「なんで?」と聞きたいところではあるが、結ちゃんが初めて見る妙なテンションだし、トーク中の二人にも事態を知らせたいから言われた通りにしよう。


「──どこが宅配便だ。全然違うじゃん!」

「宅配便じゃなかったの? なら誰だったのよ?」

「宅配便じゃなくて結ちゃんだった。あとは母さんが対応してね。黒川さんは逃げるよ!」

「マジ? ヤバ。流石にそれはヤバいぞ……」


 やはり一度退いて態勢を立て直す必要がある。

 まだ黒川さんは気づかれてないし、母を結ちゃんのところにいかせれば前を見てる隙に二階までいける。

 部屋までいってしまえば結ちゃんは追ってこない、はず。


「えぇーっ、今日はこさせないでって頼んでおいたのに……」

「なんか楓の寝顔を撮りたいらしいから協力してあげて。その隙に上に避難するから!」

「……まって、なんで自分で撮らないの?」

「結ちゃんの携帯にカメラはついてないんだ」


 母は結ちゃんの行動を見越して予め頼んであったはずの予想外に、黒川さんは知らなかったのかガラケーというのかもあやしい結ちゃんの携帯電話にそれぞれ驚愕している。


「──って、早く行動してほしいんだけど!?」

「司、いったい何をしてるの?」

「結ちゃん!? いや、これは、その、」


 やっぱり今日クライマックスに突入するのかもしれない……。

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