第59話 日曜日の決戦 ③
僕は部屋に戻って寝巻きから着替え、下にきて洗面所で朝の身だしなみを整え、昼食が用意されているというリビングへと向かった。
この間は約十分ほど。しかし、僕のいない約十分は確かに経過していたらしい……。
「──そうよ、花火大会の時に
「あー、そうかなって思ってました」
「服は最近自分で買うようになったんだけど、結局お店のマネキンが着てるのをそのまま買ってきたり。ファッション誌なんて読むんだと思ったら、カタログ感覚で見てるだけで別にオシャレに興味があるわけじゃなかったり」
「あー、わかります。あまりこだわりなさそう」
「でも近頃は女の子が近くにいるからか、いろんな変化が目に見えるようになった。あれで何もわからないと思ったなら母親をナメてるわねー」
まず繋がっているダイニングとリビングとで行われている会話。
その内容は前後からもちろん気になるし、気づかれていたことにも改めて衝撃を覚えるが、それよりももっと気になり衝撃的なものがある。
「あら、お帰り。今日はリビングの方で食べるからね」
「そ、そんなことよりさ。なんで
普段からわりと人見知りするはずの弟は、ソファーで黒川さんの膝に乗り、それはもう大人しくしている。
これは父と母と僕を除くと、おそらく婆ちゃんくらいしかできないだろうことだ。
たとえその体勢までいったとしてもすぐに逃げられてしまう(
「可愛くてつい。この子、連れて帰ってもいい?」
「ダメだよ。何言ってるの」
「司、弟相手にやきもち? みっともないわよー」
「違うから。ほら、楓。迷惑だから」
人見知りしないのはいいことだし、やきもちなどでは断じてないが、それはそれこれはこれだ。
あまり懐いてしまっても問題だと思うし、結ちゃんの立場とかなくなってしまうし。
「──いたぁ!? ちょ、反抗期。これが四歳児の反抗期ってやつ!?」
抱えようと出した手を全力で弾かれた。そして黒川さんにしがみつき離れないのアピール。
これが噂の四歳児の反抗期なのか。というか、初めて楓に抵抗された……。
「ほんと司も結も下手ねー。そんな無理矢理に抱えようとするから嫌がられるのよ。楓の気持ちも考えろ。そんな時は『次はお兄ちゃんが抱っこしてあげるからこっちおいで』って言うのよ」
「なるほど。楓、お兄ちゃんが抱っこしてあげるからこっちに、いたっ!?」
「バカなの。そんな警戒されてからやってもダメに決まってるでしょ……。もういいからお皿運んでちょうだい」
全然よくない。何もよくない。だが、弟にしつこくしてやきもちとか適当なこと言われるのも嫌だ。
ここは急用なのか電話している父の代わりに運びかたに徹しよう。そして楓を席につけよう。
「──って、なんか人数に対して作りすぎじゃない。こんなにどうするの? 黒川さん一人しかこないの気づいてたんでしょ?」
どう見ても五人分(内一人は四歳)には見えない量の料理が並んでいる。
普段から料理が好きな母ではあるが、これは流石に作りすぎだし、何時から用意しているのだろうと疑問が湧く。
もしかすると朝からこれに掛かりきりで、僕を起こしにくるのも遅かったりしたのだろうか?
「……これは気づいたら増えっ、んんっ、お友達にあんまりなものも出せないでしょ。大事なお友達に」
「何その誤魔化し。あと、僕が友達って言ったんだけど、黒川さんは友達じゃないから! か、彼女だから!」
「うそ、司がこんなはっきり言うなんて。意外」
こっちは伯母さんに結ちゃんにと、いろいろ話したくもないことを話して、その度に反省し学習しているんだ。
こんな時は変に受け身になったら負けなんだと。
ひたすら受け身だから次々と情報を引き出され、心身ともに少なくないダメージを受けるんだ。
なら、自分からはっきり言ってしまうべきだろう。これならダメージは最小限で、母に握られたままのペースも取り戻せる。
「もう付き合ってると認めるのね?」
「うん、ちょうど夏休みになったくらいからだね」
「告白したのはどちらからですか?」
「黒川さ……いや、僕から!」
少し複雑な事情を説明せずに母を満足させるのは本当なら難しいが、その辺は事前に話し合ってあるから問題ない。
こちらのペースでいけるなら黒川さんからの援護も期待できる。父は聞いていないが問題はない。
「へー、やるわね。決め手はなんだったんですか! 彼女のどこに惹かれたんですか!」
「決め手? 僕にはない考え方とか、派手な見た目に反する繊細さとか。大胆なくらいに行動するのに、でもちゃんと人を見てたりもして。ファッションにこだわりを持っていて、そんな自分に自信があって、だけど飾ってるわけじゃなくて。あとはね、」
「──どんだけ本人の前で言うつもりだ!? 恥ずかしいって。あと何のために打ち合わせしたと思ってんの。そうやって乗せられて喋りすぎだって言ったじゃん!」
「ハッ──、僕また乗せられてた!?」
背後から怒号と共に、ソファーにあったぬいぐるみも勢いよく飛んできた。
所詮はぬいぐるみだから当たったところで大したことはないが、母も弟も急なことに驚いたのだろう。二人共が目を丸くしている。
「あらあら、これは思ったより……」
「ぬいぐるみ……」
僕も黒川さんもハッとして慌てて取り繕うが、拾えば済むぬいぐるみとは違い、剥がれたキャラは取り返しがつかない。
二人して「やってしまった……」などと思ったところで遅い──
「そうよね、司が付き合う女の子だもんね。それは可愛いだけじゃないはずよ!」
「ぬいぐるみとんでった!」
──こともないみたいだ。
むしろ場の空気は良くなり、逆にやってしまったと失敗を覚悟した僕たちが驚くことになった。
我が家にはぬいぐるみを投げるなんて人間はいないから弟の衝撃は察せるが、今日の服装のイメージから外れた言動をした黒川さんに対する母の気持ちは理解できないぞ。
「すまんすまん。日曜だと言うのに仕事の……みんなどうかしたのか?」
そこに電話を終えてベランダから帰ってきた父は、僕たち以上に「何が起きているのか?」と思ったことだろう。
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