第58話 日曜日の決戦 ②

 僕の格好からして訝しむ黒川くろかわさんに、ダメだと言ったのに自転車の後ろに乗られ。

 母に真っ直ぐ戻ってこいと言われている以上それで揉めてもいられず、緊急事態なんだと自分を納得させ、二人乗りで家まで向かいながら起床までの事情を説明。


 若干時間はかかったが言われた通りに真っ直ぐ戻ってきたというのに、何故だか玄関にはしっかりと鍵がかかっていた。


 その時点でおかしいと思うべきだったのだろうが、黒川さんが家の前にいるという現実と、これから彼女だと黒川さんを紹介するという緊張から、僕は鍵がかかっていることに違和感を感じることなくインターホンを押していた。


 間もなく母は弟を抱いた父を連れて僕たちの前に現れ、完全に予想外で予定外に家族全員が玄関に揃った。

 おそらく鍵は僕が帰ってきたのを知り、タイミングを合わせてこんなふうに家族揃って出迎えるためだったのだろう。

 しかし、なんて恥ずかしいことを……。


「──まあまあまあ、やっぱり、、、、! そうかなって思ってはいたけど、つかさが女の子を連れてくるなんて!」


 母は見るからにものすごく喜んでいるようだが、父はまったく状況を飲み込めていないし、弟にいたっては何が行われているのかも理解していないだろう。

 そして今日のために用意したというかあった建前も、黒川さんと考えた段取りも、全部がだいぶ台無しになった感がある。


 というか、母は口ぶりから察するに黒川さんの存在に気づいていたのか?

 僕は家で彼女がどうとか一言も話をしていないし、どうするべきなのかと考えたくらいなのに。

 いったいいつから、あとどうやって……。


「──お父さんも見た、女の子よ女の子! そうだ、お母さんにも姉さんにも教えなくちゃ!」


 さらに母は僕たちがまだ何もしていないのに、ゆいちゃんまで一直線に届くラインで、今日の目的である「僕が女の子を連れてきた」という情報の拡散までしてくれるらしい。

 何もしていないがもう今日の目的は達成されてしまったから、このままここで解散しても大丈夫だ(しないけど)。


「……あっ、いやだわ私ったら、一人で盛り上がっちゃって。司の母です。こっちが夫と、夫が抱えてる小さいのがかえでです」


「初めまして。黒川くろかわ美雪みゆきといいます。今日はお邪魔します。あとこれ、私が焼いたものですがお土産のクッキーです」


 ……なんと言うか、黒川さんすごいな。

 僕は現在進行形でかなり恥ずかしく、本当は「ちょっと!」と母に言いたいくらいなのに、母に動じずお土産まで用意しているとは。

 元から気が利くのは変わらないが、キャラがだいぶ違うというのに違和感もないし。


 さっき「今日の格好はどういうわけなのか?」と聞いた時は、「ギャルじゃ都合が悪いから」と返ってきて驚いたけど、母の反応を見るにこれが正解なんだろう。


 あれが黒川さんの個性なんだと僕が思っても、「立場が逆だったらどう?」と言われてしまえば、個性よりも大事なものもあるのかと確かに考えてしまう。

 個人のファッションや道徳よりも、マナーの方が大事な(大事にしたい)場面もあるんだ。


「そんな気を使わなくていいのに。でも、ありがとう。あとでみんなでいただきましょう。それじゃあ挨拶はこのくらいにしてお昼にしましょうか♪」


「うん。その前に僕からも黒川さんの紹介を、」


「──司はまず着替えてきなさい。詳しい話はそのあとで、食事の席でしっかり聞くから。何してるの、早くいってきなさい」


「うん……」


 あれっ、寝起きの格好のままの僕が着替える必要は確かにあるんだけど、もしかしてこれは主導権を全て母に持っていかれてはいないか?


 予定通りであったならお昼を食べつつ最終的な打ち合わせをして、勉強するという建前で家にきた黒川さんを彼女だと紹介。

 まぁいろいろ驚かれるだろうが「彼女を連れてきた」という情報が母から結ちゃんに伝わり、外堀を埋められた結ちゃんは僕たちを認めるしかないと、大筋は変わらないがなんか想像と違う。


「──司、司」

「何? もしかしなくてもかなり驚いた?」

「それはもちろん。で、これは父として『彼女なんて許さんぞ!』と言うやつだろうか?」


 この父は真面目な顔で何を言って……いや、急な展開についていけてないのかもしれない。

 息子が前置きなしに家に彼女を連れてきたんだ。そりゃあ驚きもするし、場合によってはおかしな反応もするかもしれない。だが、


「それたぶん、僕が女の子だったならやるやつだよ。そして楓も男の子だから一生言わないよ」


「そう言われるとそうか。むしろ普通に歓迎しているもんな。可愛い子連れてきたなと」


「とりあえず第一印象が良いみたいでよかったよ」


 母も父も僕が女の子を連れてきた、、、、、というだけで、歓迎ムードなのは嬉しいしありがたいが、僕が黒川さんの家にいくとなればきっと話が違ってくるだろう。


 あの写メで見た黒川さんパパは、彼氏など歓迎してくれない気がする。

 彼氏だなんて言おうものなら、それこそ玄関で帰らせられたりするかもしれないし、うちの父のように「彼氏なんて許さんぞ!」と言うかもしれない。


 今日の結ちゃんの反応を見てだけど、必要があるとなれば来週末は黒川さん宅にお邪魔することになっているのだ。

 僕は週末までに英語のリスニングを可能な限りした方がいいのかもしれないな……。


「──ほら、司は着替えて顔洗ってきなさいって。お父さんは楓を座らせたら手伝いにきて」


「私、手伝いますよ」


「ダメよ、何言ってるの。お友達、、、にそんなことさせられないわ。ほら、お昼にするからみんな動いて!」


 終始余裕がありそうな黒川さんも、すでに彼女と理解しているからこそ彼女と口に出したのだろう父も、「お友達」とおそらくわざと言った母の方を見た。


 この母親は言われずとも黒川さんが彼女だとわかった上でお友達と言っている。

 それはつまり、そうである、、、、、と僕たちに言わせる。またはそうなる、、、、までの過程なんかを聞く。あるいはそのどちらもなんじゃないだろうか。

 もしそうだとするならもう解散したいのだが……。

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