第57話 日曜日の決戦

「──さ、──かさ!」


 なんだ? なんで僕は揺さぶられてるんだ?

 ……あぁ、そうか。朝なんだな。

 朝だと起こされるなんて久しぶりだ。


つかさ、もうお昼よ。お友達、、、がくるんでしょう。起きなさい!」

「おひ……る? おともだち……──ハッ!? うそ、お昼って十二時ってこと、痛っ!?」


 いつ以来か母に起こされ、慌ててベッドから飛び起きたら、昨日までとは違う位置にあるテーブルに思いっきり足をぶつけた。

 床を転がりたいくらいの痛みで眠気など一瞬で吹き飛び、意識は全てぶつけたところに集中す、す、痛い。かなり。すごく痛い……。


「そ、そうだった、完全に失念してたっ……」

「ちょっと大丈夫!? 自分の部屋で何をやってるの!?」

「い、今何時……っ。せ、正確な時間を……っ」


 一日かけ年末かというくらいに部屋とリビングを大掃除したり、そろそろ寝ないとと思ってから気になり出したベッド周りを模様替えしたり、横になってから印象深い金曜日の放課後を思い返したりしたら、いつ寝たのか記憶がないが寝過ごしたらしい。


「十一時半を過ぎたところ。いま三十二分になった。もうすぐ電車着くわよ。早く迎えに出なさい!」

「そうだ、すぐ出ないと! スマホと財布を、いや、まずは着替えないと! ううん、ここは一度深呼吸して冷静になろう」


 慌てたい時ほど逆に落ち着くんだ。冷静にだ。

 ここでパニックになっても何も上手くいかないぞ。金曜日の自分を思い出せ。

 ふーーっ……。やばい、まずい、何もやってない。


 しかも電車の到着が三十九分だから、すでに電車が到着するまで十分を切っている。

 だが、顔も洗ってなければ着替えてすらいない。そしてこのまま出かけるわけにもいかない。


 何故なら迎えにいくのはお友達、、、ではないからだ。

 お昼も伯母さんのところに食べにいこうと話してあるし、こんな寝起きの格好では彼女、、に恥をかかせてしまう。

 せめて五分はほしい。今から連絡すればそのくらい、


「──行ってきてから着替えなさい! いい、お昼はお友達の分も用意してあるから真っ直ぐ戻ってくるのよ」

「えっ、なんでそんな。僕今日は、」

「司、時間!」

「はい、いってきます!」


 せめて持つべきスマホも財布もまだ持っていないのだが、有無を言わせない時の母には逆らえない。

 というか、逆らっていいことは一つもない。

 家の中だけの話で済まなくなるというのが一つ。なるべく今日を穏便にいきたいというのが一つ。


 ここは言われた通りにしよう。

 行って戻ってくるだけなら手ぶらでもいい。

 母の自転車で駅まで五、六分。往復しても十分ちょっと、


「司、やっと起きたのか。今日は友達がくるんだろ。午後はゲーム大会だな!」

「ごめん、今本気で急いでるから! あとゲーム大会はしないと思う。提出期限が明日までの課題をやるから」

「な、なんだと……」

「すぐ戻るけどいってきます!」


 今日は出かけないでほしいと頼んでおいたのは僕だが、それを自分に都合よく勘違いしたのは父だ。

 この先の展開に必要なやってない、、、、、夏休みの課題の方が重要だし、そもそもの名目も勉強としてあるんだからゲーム大会はない。若干恥ずかしいし……。


「あっ、時間がわかるものが何もない。いま何分なのかもわからない。と、とにかく駅まで急ごう」


 家を出てすぐの海まで通じる大きな道ではなく、一番近い角を曲がり住宅が並ぶ方の道に出て、また角を曲がると線路沿いの道になる。

 あとはここを真っ直ぐいけば駅だ。

 今日は徒歩ではなく自転車で、直線距離にしても大したことない距離。


「……大したことない道なんだけどけっこう登るんだな。毎日駅まで歩いていってるから自転車の感覚はわからない……。こんなに自転車で駅まで急いだこともないし……。まだぶつけたところも痛い……」


 つ、つらい……。

 寝起きで自転車を全力でこぐのは辛い。

 足元サンダルだし、ぶつけたままの足も痛い。

 でも、このお寺のところを通りすぎればもう駅だ。


「ついたー。予定には間に合ってないけど四十一分。でもまだ電車はいるし、あとは黒川くろかわさんが降りてくるのを待っていればいい」


 日曜日とはいえ今の時間の下り電車に乗っている人はそもそも少なく、この駅で電車を降り跨線橋を渡ってくる人は十人いない。

 そして乗っている人がまばらな電車は次の駅に向かって出発し、降りてきた人は皆改札を出た……うん? 黒川さんは? どこ?


 電車が到着したあとに僕は到着したわけだけど、電車を降りてきた人たちは全員見たはずだ。

 しかも女の人は四人しかおらず、その中に黒川さんの姿はなかった。金髪の人なんていなかった。


「えーと、これはもしかして黒川さんも時間通りにいってない? 連絡しようにも手ぶらだし、一度戻って、」

「──オイ」

「えっ、黒川さん。どこ!?」


 花火大会の時のように背後から彼女の声がした。

 今回は気づいたら電車がついていて、彼女に背後に回られるなんてこともないはずだ。

 しかし確かに後ろというか、今回は駅的には正面から声がした……。


「何をもってあーしをあーしと判断しているの? 髪の毛と身長とか言ってみろ。ヒールが素足に突き刺さるからな」

「黒川、さん?」


 振り返るとそこにいたのはヒールのついたサンダルに、頭には帽子を被った黒川さん。

 髪の毛は帽子でほぼ見えず、着ている服もこれまでとはイメージが違う。違いすぎる。

 足元近くまであるスカートに、上も肘先からしか腕が見えない。肌の露出が格段に少ない。


「というか何その格好……。頭もだいぶ寝癖ついてるし、そのサンダルも誰の?」


「……」


「何で呆けてるの?」


「いや、一瞬誰なのかわからなくて。女の子ってずごいなと」


 制服とも、遊びにいった時の私服とも種類が違うのはわかるが、服装だけでイメージが違いすぎる。

 黒川さんに普段のギャルがまったく見えない。違う人みたいだ……。


「それでも彼女に気づくべきだけどね。まあ、一条いちじょうだからな。仕方ない。まずはなんでそんな寝起きのままなのか説明して」

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