第55話 放課後の邂逅 ④

 現状に対する当ても他にないから仕方なく、嫌々どころか不本意ながらだが、僕たちは頼れそうな副会長に会いにきた。


 部活動に熱心な副会長は今の時間、確実に実習棟にいるのはわかっていたから、真っ直ぐに実習棟の三階まで、ロボット技術研究会の部室と実習室とがあるところまできた。


 ……きてしまった。

 なんの問題も起きずにすんなりときてしまった。

 きてしまったんだけど、やっぱり帰ろうかな。


「やっぱりやめようか。ほら、忙しいみたいだし」

「ここまできて何を言ってんだ。いくぞ」

「ここまできたから気が変わったんだって」

「すいませーん。ナントカって副会長?の人いますかー」


 黒川くろかわさんは僕を無視してロボット技術研究会が活動している室内に向かって、そこそこの声量で呼びかけるが、うろ覚えどころか会いにきた人物の役職すら疑問符がついている。

 まあ、どうしてあの人が副会長なのかは僕も同感だし、本気でどうでもいいからどうでもいいや。


「──うん。誰を探しているのかは一応わかるけど、探している人間の名前くらいは覚えてこようね。ただただ失礼だからね。そして僕がロボット技術研究会部長にして副会長の鯨岡くじらおかです」


 急に現れて声を上げた黒川さんに対する室内の視線は、イスから立ち上がった人物に全て移動し、視線と共にナントカという副会長?が僕たちの方に移動してくる。


 で、それはどうでもいいとしてすごく気になる。

 突然のことに室内のざわざわは仕方ないにしてもだ。木田きだくんの目立つこと目立つこと。

 真面目な服装の部員たちの中で確実に浮いている。


 それに男子に対して数の少ない女子ではあるが、木田くんの彼女も一目でわかる。

 副会長を空間から取り除いてしまうと場違いな感すらある……。


「僕ちょっと外すからみんなでやってて! じゃあ部室の方にいこうか」


「はい。ところで名前、ナントカの方が短くていいんじゃないですか? すごく覚えやすいですよ」


「覚えやすいかもしれないけど一文字しか違わないし、その一文字のためにそれに改名はできないよ!」


 僕たちに要件を尋ねない副会長は喋りながら廊下に出て、実習室の隣にある部室へと向かっていく。

 そんな副会長の様子にだろう。黒川さんはなんだか不思議そうにして僕たちの後をついてくる。


「──んだぁ、誰かと思えばいっちー、、、、じゃねぇか。久しぶり。元気?」

「なっ、」


 ロボット技術研究会の真正面にあるソフトウェア研究会(中は冷房が効きすぎているのかドアが開いたらひんやりした)から、タイミングよく現れてしまったのは真横の副会長の次くらいに関わりたくない人。


 夏服の上に薄手のパーカーを着て、そのフードをすっぽりと被った、線の細い見るからに健康的ではない彼。

 覇気はなく、テンションも低く、気だるそうにしているというか、実際に気だるいのだろう(いつもだけど……)。


春馬はるまくん……」


 しかし、なんてタイミングの悪い……。

 こっちも部活動に真面目なのはわかっていたし、放課後の実習棟にいる以上は遭遇する可能性があるんだけど、なんでよりによっていまなんだ!?

 僕なにか悪いことしたのかな!?


「おい、オレは元気かどうか聞いてんだよ。もっかい聞くぜ、元気?」

「あ、あんまり」

「だろうなぁ。そんな顔してる」


 性格の悪そうな顔をして笑う春馬くんは、思ったほど絡む気はないのか、今ので満足したのか歩いていってしまう。

 その後ろ姿を見ている必要はないが見ていると、春馬くんは曲がり角のところで立ち止まる。


「……それにしても珍しい組み合わせだよなぁ。いっちー、何があるのか知らないがそいつに関わらない方がいいぜぇ。優しい先輩からのアドバイスだ」


「失礼だな、春馬会計。その言い方ではまるで僕が悪者みたいじゃないか!」


「何言ってんだ。アンタ悪者だろ。いっちー、悪いこと言わないからお姉ちゃん、、、、、を頼った方がいいぜぇ」


「春馬会計。残念ながら会長のやり方に不満があるから彼はここにいるんだ。それに君の助言はただ彼らを混乱させるだけだ、やめたまえ!」


「ウゼェな、オレはいっちーに言ってんだ。テメェに言ってんじゃねぇんだよ。まあ、言うだけは言ったからな。オレは帰るわ」


 春馬くんは完全に手ぶらだし、その格好のまま帰るのとかと聞きたいが、すでに春馬くんは階段を下りていってしまった。

 それにそんなことをしている場合でもない。


「まったく……。しかし最終下校時間までいたくない春馬会計だ。本当に帰っただろう。僕たちも急ごう」


「春馬くんが最後までいたくない理由って?」


「生徒会の人間が最終下校時間までいたら見回りを手伝わされたりする。僕もそれは遠慮したい。アナウンスが流れる前に帰るに限るというわけだ」


「……やっぱり最低ですね。ゆいちゃんなら手伝って帰るだろうに」


「また僕の評価が下がってる!? 春馬会計も帰ってるよ。しかも彼は部活動の途中でだ。副部長という立場でありながら身勝手もいいところだ。そんな彼と一緒にされてはたまらない、って一条いちじょう君、無視しないでくれ!」


 これ以上低くなりようがないと思っていたが、僕の副会長への評価はマイナスをさらに下回った。

 しかし表向きだけちゃんとしてるとか最低すぎる(春馬くんは普段からあんな感じだから特に気にならない)。


「ねぇ、一条。今の人と副会長の人って、元メガネくんとヤンキーくんになんか似てない? 喋り方とか」


「二人はそれぞれの部活の先輩をリスペクトしてるみたいだからね。その現れだと思うよ。僕にはまったく理解できないけど。たまに赤津あかつくんは春馬くんに見える時がある」


 赤津くんは以前はああも噂話が好きではなかった。あれは間違いなく春馬くんの影響だ。

 ソフトウェア研究会で親しくなり、ノウハウを直に聞き今のような赤津くんが出来上がったのだろう。

 そしてそうか、噂話といえば赤津くんだ……。


「なるほどね。それに一条も珍しくない? そんならしくない反応をする人が二人もいるなんてさ。意外だった」


「……そうかも。副会長は嫌いだし、春馬くんは結ちゃんと副会長の中間辺りにくるかな。どっちもどっちだ」


「ハハハ、僕が一緒にいることを忘れているのかい? いるよ、まだ僕はいるんだよ。とうとう直接嫌いと言われてしまったわけだけど嫌わないでくれ!」


 悪者っぽい春馬くんに悪者と言われた副会長は取り乱しているが、嫌いなものは嫌いなんだからどうしようもない。

 僕もこの人は悪者だと思う。相談しようと信用してはならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る