第54話 放課後の邂逅 ③

 箱崎はこざきさんに言われたように、自習室での雅親まさちかの行動は思い返してみればおかしい気がする。

 あの時、箱崎さんのいた席に座っていた僕の方が彼女の荷物に近かった。

 僕に頼むのが位置的にも状況的にもベストだったはずだ。


 彼女の持ち物に触られたくなかったなどの理由も考えられなくはないが、それでも捕まえた和也かずやをあんなふうに離す必要性もなかった。


 ただ僕と位置を変われば済む話であり、そのくらいのことに雅親は間違いなく気づく。

 机の左右に仕切りがある場所なんだから、手を離すというならなおさらそうするべきだ。

 つまりあれが故意だったというのは否めない。


 そして故意にそうした場合、雅親には和也を僕に尋問させたくない。または和也を何らかの理由から泳がしておきたいなどが考えられる。


 どちらにせよあの時点で何も知らなかった僕の、余計な介入を受けたくなかったのだろう。

 疑っているのは親しい友人たちなんだ。

 僕だって雅親の立場なら慎重になってやる……。


「──どうする。もう来週にする?」

「いや、こんな気分のまま今週末は迎えられない」

「そうは言っても当てはあるの? 頼りになりそうな生徒会はあやしいんだよ」


 そう、黒川くろかわさんの言うように親しい友人たちも怪しければ、頼りになりそうな生徒会も怪しいんだ。

 おまけに大事にしたくない黒川さんと箱崎さんの意向で、先生には相談すらできないときている。


 生徒会は箱崎さんいわく、嫌がらせや噂を把握していながら事態を黙認しているような状態だというし、これはおそらく間違いない。


 何故ならゆいちゃんがそんなことを、これまで一言たりとも言わないからだ。

 去年も生徒会にいた結ちゃんが何も知らないわけないし、知っていて表だって何もしないわけもない。

 結ちゃんの黙認というのが何よりの証だろう。


 そして、少なくとも嫌がらせは去年からあるというのに、何の騒ぎにもなっていないんだから学校は把握しているかも怪しいともなる。

 この問題ばかりが増え続けている現状には、解決策はおろか一つもいいことがないと言うしかない。


「はぁ……。新学期になってから問題ばかりだね。なんでこんなに次々と出てくるんだろ」


一条いちじょう、それなんだけどさ。たくさんあるように見えるだけで実は問題はひとつなんじゃない?」


「……どういうこと? 男女交際の禁止。噂のつく嫌がらせ。大きく分けると問題はこの二つだけど、これが根っこは同じ問題ってこと?」


「キョウちゃんは嫌がらせは新学期になってからだって言ったよね。その前とあとでキョウちゃんにあった変化は? ヒントは夏休み中の空手の大会を勝ったじゃないよ」


 そう言われてもクラスも違う箱崎さんの変化なんてパッと思いつかない。

 ケンカしなくなったというのは結構前からみたいだし、一目でわかる身体的な成長とかいう変化じゃないだろうし。

 というか、それは口に出して言ったら黒川さんから制裁を受ける案件だし。


「……ちなみに身体的な話じゃねぇからな?」

「はい、承知しております!」

「そしてあーしにも当てはまる」


 やっぱり……。思いつきで言わなくてよかった。

 しかしそうなると、悪目立ちするという類似点があった箱崎さんと黒川さん。男女交際の禁止。噂のつく嫌がらせ。

 これらから変化という出題の答えを考えると、


「──雅親と付き合うようになったこと?」

「正解。キョウちゃんの一番の変化はそれだ」

「でも、どう繋がるのさ?」

「付き合うようになったから嫌がらせは再開されて、男女交際の禁止っていうのは嫌がらせに対する抑止力なんじゃないかってこと」

 

 二つの出来事のタイミングは合うし、それなら結ちゃんは黙認しているわけじゃないとなる。

 だけど、それはそれで対応がなんか中途半端というか、効果のほどもまったく予測できないと思う。


 止まらなかった場合のリスクだけが大きいばかりで、成功したところでリスクがなくなるわけでもないだろう。

 生じる反感や反発に見合うとも思えない。

 計算高い結ちゃんらしくもない。


「たぶん相手が見えないから表立てず、かといって何もしないわけにはいかないってところじゃない? やっぱりあーしたちは泳がされてるんだと思う」


「何かしらの反応があるかもってことか」


「もしくは身内だから対応が甘いのどちらかだと思う。現状どちらにも見えるし確率は半々」


「……」


 結ちゃんが手心を加える相手としてはあり得る。

 僕を通じてだけど結ちゃんも友人たちとは接していて、その対応は僕に対するのと大差ない。

 あれが結ちゃんなりの気持ちの現れなんだとすれば、今の心境としては僕を疑うのと同じことだろう……。


「あーしは生徒会のことがなくても安斎あんざい先輩には頼るべきじゃないと思う。必要な情報はとっくに持たされてたし、今は敵として行動するべきだよ」


「そうだね。結ちゃんに余計なことを言ったのは僕だ。結ちゃんには頼れない、、、、


 とても悔しいことではあるがあの人、、、を頼るしかないらしい。

 結ちゃんに次いで学校内のことを把握している人だろうし、昨日の台詞はここまでを見越していたのかもしれない。

 仕方なくなったからではあるが相談してみる価値はある。


「一人現状を打破する人材に心当たりがある。非常に頼りたくない人物で、非常に関わりたくない人物なんだけど、そんなことも言ってられないから……」


「一条、なんかすごい顔してるけど……。なんかこないだもそんな顔してなかった?」


 綾瀬あやせさん以外の生徒会メンバーに会わなければならないなら僕は近しい顔をするだろうし、中でも副会長は特に関わりたくない、嫌いな人物だから思いっきり表情に出ていても仕方ない。

 むしろこのままの顔でいって、いかに僕が頼りたくなかったのかを表現しようかと思う。

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