第50話 短気な箱崎さん
「──さて、どちらからどうしてやろうか」
とある理由から
状況は悪いし、実は位置も悪い。合わせて最悪と言っていいだろう……。
(このハコザキとかいう人はなんなの!?)
(箱崎さんは
(あー、それはあの硬派くんとすごくお似合いだね。って、これ結局どうするの!?)
スポーツ推薦ではない雅親と箱崎さんだけど、幼い頃からやっている空手の実力は折り紙つきで、文武両道を掲げ出した学校としては男女共に強力な空手部を推しているという現状と。
しかし今のスポーツ推薦に空手部は含まれないから、いくら部活に精を出そうと彼らに優遇や免除されるものもなく。
遠征と重なった任意補習が公休扱いになるというだけで、その間の授業が特別補填されるわけでもない。
そんな彼らは休み明けの今週を遅れを取り戻すための期間に充て、連日放課後は自習室を利用していると聞いてここにきた。
「──勝ったというのに部活にも出れず、勉強勉強と嫌気が差していたところだ。憂さ晴らしにちょうどいい」
……きたんだけど友人Bこと雅親はおらず、短気な箱崎さんに絡まれたというわけで。
これ本当にどうしよう。箱崎さんもだけど、それ以上にまずいな。位置が。
「ぼ、暴力反対。喧嘩とか部活的にまずいし、せっかくの功績が台無しになるよ!」
「大丈夫だ。最近は大人しくしていたからな。それに台無しなったところで結果が変わるわけでもない。何よりだ、お前たちが気に入らない」
「ダメだこの子!? 逃げるぞ!」
黒川さんは余計なものしか入っていないが重量だけはあるバッグを振り回して箱崎さんを牽制し、同時に僕を引っ張って箱崎さんから離れるように中央階段に向かって駆け出す。
「
「黒川、自分一人だったら逃げられたのにな」
「速っ、そして足長っ! 羨ましい!」
何がどうなった結果なのかはわからないが、後ろにいたはずの箱崎さんの足が僕と黒川さんとの間に入っており(刺さっており?)。
僕は足でのとおせんぼで黒川さんと分断され、おまけに箱崎さんに襟首を掴まれている。
そして確かに箱崎さんの足は長い……。
「こら、一条。そんなにまじまじと女の子の足を見るな!」
「そんな無茶な!」
黒川さんはこの危機に目をつぶれとでも言うのだろうか? 視覚を絶ったら逃げられるものも逃げられないぞ。
それにしても、足が長いから身長が高いのか。身長が高いから足が長いのかなんて考えてしまうな。
「綺麗だし思わず見てしまう気持ちはわからないでもないが、それ以上目線を上に動かしたらあーしだけで逃げるから!」
「ふえっ、き、綺麗だとか言うな。羨ましがるな!」
「いや、私たち足出してなんぼの女子高生ですよ。羨ましいでしょう。 ……ちょっと失礼」
「んあっ!? さ、触るなぁ!」
「うわっ、すべすべじゃん。しかしそれでいてしっかり筋肉もついているとは」
黒川さんが箱崎さんの足に触れた瞬間、急に箱崎さんがへにゃっとなった。
おまけに力も緩み、手も離してくれたみたいだから、この隙に逃げてしまおう。
とはいえ足の上は飛び越えられないので、上を見ないようにして足の下をくぐらせてもらって……。
「あーーっ、このすけべ。何してんだ!」
「上が無理なんだからこうするしかなくない!?」
「後ろ回って横通れよ。そこで頭あげんな!」
「だからそんな無茶な……あっ……」
ここが二階で、一年生用の自習室の近くで、自習室と中央階段の真ん中にあるのはわかっていた。
先日の帰宅時間を考えるとまだ残っているだろうとも思っていた。だけど、こんなふうになるとは思ってなかった……。
「廊下でドタバタと何をしているの?」
生徒会室から顔を出した結ちゃんと目が合った。
そして箱崎さんの足の下をくぐった体勢の僕と、壁に足をつけたままの箱崎さんと、箱崎さんの足を触っている黒川さん。
何をしているのかと言われても、僕たちも自分が何をしているのか定かではないから答えられない。
「何をしているのかと聞いているのですが……」
結ちゃんは答えられない僕たちに近づくと、屈んだままの僕を引き起こすとかではなく後頭部を押す形で自分より後ろに押しのけ。
箱崎さんの足に触ったままの黒川さんの手を引きはがし、「足……」と短くしかし微かに怒気を含んだ声色で箱崎さんに言う。
「どういう状況なのかはわかりかねますが、三人いても誰も何も言わないということは、聞こえた声と物音から判断していいということですね。 ……全員ちょっときなさい」
どこになんて聞き返すまでもなく生徒会室にで、なんでなんて言う必要もなくお説教で、それはもう本当に遠慮したい。
生徒会室に連行されてお説教なんて無理だから!
「──待って、結ちゃん。これは少しだけ行き過ぎた、その、スキンシップなんだ。二人の仲がいいからこそ起きてしまったことで。壁についた靴跡は責任を持って綺麗にしておくので……」
「
「……」
誤魔化せるかと思ったけど、やっぱり結ちゃん相手では無理だった。
しかし正直に訳を言えば箱崎さんに、下手すると箱崎さんだけに怒りの矛先が向いてしまう。
それでは申し訳ないというか、自分も関係ある以上は納得できない。
それに箱崎さんには僕が望んだことではなくても申し訳ないことをしているわけだし、たとえ結ちゃん相手だろうと素直には引き下がれない。
「本当に何でもないんだ。だから、」
「……わかりました。何でもないということにしましょう。それはそれとして生徒会に用が?」
「いや、小テストがあるから自習室で勉強しようというだけで、」
──なんだろう。左右から「何言ってんだ」という抗議なんだろうか、シャツをまあまあな力で二人に引っ張られている。
(あーしは勉強なんてしない。勝手なこと言うな!)
(せ、生徒会長の前で余計なことを口走るな!)
……この二人は結ちゃんをどうしろと?
生徒会室に行きたくないのはみんな同じで、結ちゃんの前では全て見え透いた嘘になるのだ。
なら、限りなく本当のことを言うしかないじゃないか。
今から本当に自習室で勉強することが、安全に結ちゃんをやり過ごせる唯一の方法だろう。
結ちゃんでも勉強すると言う僕たちを連行はしない、と思う。
「そう。司はともかく、黒川さんも箱崎さんも小テストのために勉強しようだなんて。心境の変化というのは公私に作用するものであると……」
(──に、逃げよう。これは
「男女交際というのは悪い面ばかりではないのかもしれないですね」
黒川さんが「逃げよう」と慌てた様子で言い、箱崎さんが激しく頷いているが、むしろこれは結ちゃんの気持ちを変えさせるチャンスではないだろうか?
「──ですが、やはり効率がいいとは思えませんね。教えてもらえる二人はいいでしょうが、教える方は自分の勉強もあるのだから倍大変でしょう。今日は私でよければ勉強を見てあげますから生徒会室にきなさい」
「……んっ?」
「そういえば雅親の姿が見えませんね。司、呼んできなさい。二人は先に生徒会室にどうぞ」
結ちゃんは黒川さんたちを促し、しかし二人が動かないのを見て不思議そうにし、遠慮しているとでも思ったのだろう。二人の手を引いていく。
生徒会室に結局連行されてしまった二人は、どちらも生徒会室に入るまでこちらを睨みつけていた……。
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