第43話 彼氏彼女のピンチ ④

 人の気持ちを変えさせるにはどうすればいいのか?

 なんてことを真剣に考えてみても、僕たちは人間の心理について詳しくないのだから確かな方法は見つからない。


 そもそも気持ちをどうこうの前に、ゆいちゃんは気持ちがわかりにくいという問題がある。

 表情にほぼでないし、感情もあまり振れない。

 周囲の誰よりも気持ちがわかりにくく、しかしそんな結ちゃんの気持ちを変える必要がある。


 ──どうすればいいのか?


 相手を変えられないならまず自分が変わる。

 自分が変わることで起きる変化を利用して、相手にも変化を求める方法があると思う。

 相手の気持ちを変えるのは難しくても自分の気持ちを変えるのは簡単で、そこに変化があれば相手の意識(気持ち)も変わるかもしれない。


 これならば結ちゃんに通じるんじゃないかと思う。具体的には僕の苦手意識を変える。

 場の勢いがあったから言えただけの現状から、勢いがなくても言えるくらいに変化というか進化?をもって、結ちゃんの意識(気持ち)を変えようと思う。いや、変える!


 ……強く言いすぎだ。正確には変えたいだな。

 ……この機会に変えられたらいいな、かな。

 ……いや、できれば変えたいくらいにしておこう。


『──無理でしょう?』

「すぐには無理でした。ごめんなさい」

『いや、わかりきってたから。一条いちじょうがあーしに言わずに勝手した結果は、安斎あんざい先輩と仲良かったら起きてないから』

「……ごめんなさい」


 現在ビデオ通話をしている黒川くろかわさんはまったく期待していなかったようで、こちらを見ておらず爪の手入れをしたままで言う。


 黒川さんはTシャツにショートパンツという、僕的に少し気になる格好。

 だが、これがいつもの部屋着なんだと言われてしまえば、「また勝手して」と言われたばかりの僕は指摘しにくい。


 テーブルの上のスタンドに置かれたスマホから見える自分が、僕からどう見えているのかなども指摘しにくい。

 つまり黒川さんに気取られず、しかし理性を働かせてこのリモート会議を切り抜けよう。


『──とはいえ、少しわかりやすくなったのは確かだね。さっき出たプランでいこう。一条が無理に自分を変えなくても、安斎先輩の方を変えられるかもしれない方法でいこう』


「でも、それで結ちゃんが納得するのかな?」


『学校の中だけでだったら意味ないかもだけど、安斎先輩個人をってことなら可能性あると思う。納得するしかない状態になるんじゃないかな。個人を処分はできないって自分で言ってたし」


「なるほど。認めるしかなければ気持ちは関係ないかもってことだね。結ちゃんは完璧主義だからこそ自分の言ったことは曲げない。負けたから腹いせにってこともないだろうし」


 結ちゃんがもっと気持ちを見せてくれれば違うやり方もあるのだろうが、現状を踏まえてのやり方としては僕たちの案がベストか……。

 いやいや、馴れ合いは不用と結ちゃんが言ったんだ。手も抜けない。手加減は本当に不用だ。


『だ、け、ど、やっぱりあーしは総会までって最初に言われたところが気になるんだよね』


「あれは大した意味があったわけじゃないんじゃない? 結ちゃんの話は僕たちに対してだけじゃなかったんだから。最後に呼び出した僕たちが始業式より後だったから、次のタイミングが総会ってだけだと思うな」


『うーん、あーしたちを約一ヵ月泳がせておいて、裏で何かをっていうのは考えすぎか? 情報不足でわかんない』


「考えすぎだよ。何があるのさ。せいぜい僕たちが慌てる姿が見れるくらいだよ」


 ……ない、だろうそれは。流石にないはず。

 結ちゃんの意地悪ではなかったんだから違う。


 権力を使った全てを含めての壮大な意地悪という可能性を完全否定はできないけど、それなら無関係の綾瀬あやせさんを巻き込んでいることになる。

 いくら結ちゃんでも関係ない人まで巻き込みはしない……はず。


「ねぇ、僕からも一つ気になることがあるんだけどいい。綾瀬さんはどうして生徒会室に残ったのかな?」


『フォローするためでしょ。本当は言い負かされてへこんだあーしたちをフォローするつもりだったんだと思うよ。結果は逆になったわけだけどね』


「えっ、結ちゃんが凹んでたってこと? 嘘でしょ」


『……本気で言ってる? 背景を何も知らなければいつもと同じに見えたかもだけど、安斎先輩は一条にひどいこと言われて結構へこんでたよ。あーし、泣いちゃうんじゃないかとハラハラしたもん』


「そ、そんなはず……」


 僕からはそんなふうに見えなかった。

 でも、黒川さんはフォローを綾瀬さんに頼み、頼まれた綾瀬さんは頷いていた。


 もしそうだったとしたら大して時間をおかずに再び顔を合わせた僕に、結ちゃんは何を思っていたんだろう。

 もし僕が思っていたようなことを結ちゃんも思っていたんだとしたら、どんな気持ち、、、だったんだろう。


『一条のビジネスライクが仇になったね。それだけの苦手意識があるから仕方ないんだけど、安斎先輩だって女の子なんだよ。それ考えたことある? どんだけ強くても、強く見えても、傷つくものは傷つくしショックなものはショックなんだよ』


「考えたことなかった……」


『だから勝手してって言ったんだよ。一条はピンチをチャンスに変えたと思ってるかもしれないけど、実際は追い討ちかけにいってかえって本気にさせただけかもしれないぞ』


 僕は結ちゃんが席を立った理由がわからない。

 だけど、もし「居づらい」が理由だとすると、あのあとのやり取りはどうなる?

 結ちゃんはあの時まで本気では男女交際の禁止と言っていなくて、あの瞬間に本気になったりしたのではないだろうか……。


「つ、つまり僕は余計な事をした?」


『まあ、そうなるね。虎の尻尾をわざわざ踏んづけてきたわけだからね。わかりやすくなったって言ったのはそういう意味だよ。やる事がシンプルになった』


「ちなみにシンプルになる前は?」


『一条と安斎先輩の間に立って仲を取り持ち。そのこんがらがった苦手意識を解消しつつ。向こうがどう思っているのかを探ったり、必要に応じた対応をしたりしないといけないと思ってた。正直いうと美咲みさきちゃんじゃなくても投げ出す難題だった』


 黒川さんは「どのみち一度話してみる必要はあったし」、「その役は一条だったんだからあまり結果は変わらない」と言った。


 実際その通りなのかもしれないが、姫川さんでなくても選ばなかった選択肢がよく見える。

 僕は初めて心底後悔しているかもしれない。

 あの場に黒川さんがいるか、僕が黒川さんに連絡するか。あるいは結ちゃんの気持ちを考えていればと思うしかないのだから……。

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