第41話 彼氏彼女のピンチ ②

「──という感じかな」


 ゆいちゃんに生徒会室から退出させられてから一時間ほど。

 今日は夕方から天気が荒れるみたいだと昨夜話したというのに、朝は降っていなかったという理由と、荷物になるからという理由で折りたたみ傘すら持ってこなかった黒川くろかわさん。


 そんな彼女とカバンに入れてきた折りたたみ傘(僕は天気が荒れる前に帰るつもりだったから)で相合傘してバス停までいき。

 待ち時間がほぼなかった駅までの逆回りのバスに乗り、よく帰りに立ち寄る商業施設の前までの車内で結ちゃんに対する認識を話した。

 僕は乗り気ではないが黒川さんからの申し出というか、必要があるからこそ結ちゃんのことを話したわけだけど……。


「これでいいか? いや、もう少し頑張って。でもあとは帰るだけだしなー」


「ねぇ、黒川さん。話聞いてたよね?」


「もちろん聞いてたよ。一条いちじょう安斎あんざい先輩にすごく苦手意識を持ってるのはわかったし、必要がなければあーしに黙ってるつもりだったのもわかったしー」


「そ、それは、」


「冗談だよ。やっぱりもうちょっと」


 小柄な黒川さんとでも折りたたみ傘に二人で入るのはきつく、学校から屋根があるバス停までの移動だったとはいえだいぶ濡れてしまったのはわかるが、その処理にこうも意識を向けられていると話を聞いていたのかと思ってしまう。


 何よりだ。その処理がどうして衣類の濡れ透けからではなく、髪の毛とメイクからになるのだろう。

 ギャルというのはそういうものなんだろうか?

 僕はバスに乗ってからずっと、黒川さんへの周囲の目が気になって気になって仕方なかったのにだ。


 だから僕は車内に人が増えたバスをここで降りて、黒川さんに一度濡れ透けをどうにかしてもらおうと思ったのに……。

 まさか当人である黒川さんは濡れ透けが気にならないとでもいうのか?

 そ、そんなわけがないよね? ない、はず。


「──こんなところかな? よし、雨が弱くなったら駅まで行こう。それまで中で時間潰そうか」


「うん。それはいいんだけど、その、タオルってそれしかないの? まだブラウスの後ろの方が……」


「これ汗拭くようだからね。そんなに目立つ? 今日のは派手な色じゃないんだけどな」


「ちょ──」


 黒川さんは自分のブラウスの胸元を引っ張って中を除き込み、僕が目のやり場に困るしかない行動をとる。

 自分の背中を自分で見ることができないのはわかるが、そのやり方では何も解決しない。

 それに、い、今のを真正面でやられていたら……。

 いや、どちらにせよ僕が顔を逸らすのは変わらないな。

 つまり原因は黒川さんで、黒川さんはどうしてこう危機意識?的なものが薄いんだろうか!


「あー、いやらしいんだー」

「わざとでしょう!?」

「うーん、わざとらしさ三割くらい?」


 絶対にわざとだと思ったら三割しかわざとではないらしい。

 つまり残りの七割はその場の思いつきであり、僕へのからかいであるということだ。

 からかいは遊びにいったプールでもだし、課題をやった図書館でもだし、僕たちは今現在ピンチの真っ只中なんだから少し控えてもらいたい。

 もしこんなことをしているところを結ちゃんに見られたらと考えると恐ろしい……。


「あと一時間くらいは強く降るみたいだし、その間にマックで結ちゃんをどうするのか考えよう」


「それもいいけどあーし傘ほしい。その折りたたみ傘っていうやつ」


「えっ、そんな場合じゃなくない?」


「帰り道にまた濡れたら意味ないじゃん。そ、れ、と、も、また密着相合い傘したいのかにゃ? あるいは彼女の濡れ透けをもう一回見たいとか」


 考えれば黒川さんの言う通り(真面目な意味で)だ。

 彼女の悪戯顔はもう遠慮したいし、そして傘の入手は可能ならした方がいい。

 結ちゃんへの対応は間違いなく最優先で大事だが、現在地から駅までの道のりとそのあと、、、、の帰り道も同じくらい大事だから。

 黒川さんと僕は駅で別れるのだから、そのあと黒川さんは一人で家に帰るのだ。

 周囲の視線を気にし、視線を阻む僕はいない。

 傘は持っていてくれた方が僕的にも絶対にいい。


「傘は一階のテナントの雑貨屋さんか、二階の衣料品売り場あたりかな。見に行こう」


「一条詳しいね。ウチはコンビニのビニール傘しかないし、あーしは傘なんて気にしたことなかったよ」


「そういえばいつもそうだね」


「ママがどうせなくすからなくしてもいいやつをって。実際その通りだからね」


 傘が荷物になるからと言う黒川さんだ。

 帰りに雨が降ってなければ傘なんて平気で置き忘れてきそう。

 これまでの経験からだろうがよく理解されている。


「でも、お小遣いは尽きたって言ってなかった?」


「大丈夫。必要なものだし必要経費と認められるだろうからこれで払っとく」


「なるほど」


「しかし、いちおうママに確認してみる」


 黒川さんは毎月お小遣い(現金)とは別に電子マネーをチャージして貰っているから、現金がなくともマネーがないわけでないのか。

 お小遣いとは用途が異なる電子マネー分は飲み物を買ったり、帰りに小腹を満たしたりするのに使うらしい。そこから出そうというわけだ。


 しかし、必要経費とは実に上手い言葉だ。

 親もよく黒川さんを理解しているが、黒川さんもよく親を理解している。

 このタイミングならダメとは言いにくいだろうし、どうやら黒川さんの見立ては当たったみたいだ。


「──よし、どうせなら可愛いの買いなさいって。あとで補填されるし可愛いの探そう」


「うん。可愛いの基準を僕に求められると困るけど付き合うよ」


「そこは彼女と一緒に探せよ。そしたらたぶんなくさないぞ」


 ……なんだろう、これは。

 何気ないように見える黒川さんに感じるこれ、、をなんて表現したらいいのだろう。

 すぐには適切な言葉が見つからない。


 単に嬉しいというのとは違う。そこに何か、むず痒いとでも表現するものが含まれている。

 これはあの日。僕に見えた彼氏彼女というものの輝きの正体なんだろうか?


 結ちゃんの意図はまったくわからないけど、僕は自分もほしいと思った、あの瞬間確かに彼氏彼女に見た、輝きのようなこれを手放したくない。

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