第40話 従姉妹の結ちゃん

 僕が従姉妹のゆいちゃんと出会ったのは、僕が幼稚園に入ったかそれより前のことになる。

 その始まりはよく覚えていないが、物心がついた時すでに結ちゃんはいて、それが今日までずっと続いているのだ。

 それでも最初は母親の実家に帰省した時にのみ会う存在だったんだ。


 結ちゃんは母のお姉さんの子供で地元がこっちで、お姉さんが家を継いだから住んでいるのは母の実家。

 僕がそんな結ちゃんに会うのは年に一回。多くて二回。期間はだいたい一週間ほどだろう。

 毎年お盆の時に必ずと、お正月に必ずではなくだいたい。あと、ごくたまにどちらかが遊びに行くとか来るとか。


 会う頻度としてはまったく高くなく、結ちゃんが女の子だからか喧嘩もあまりしたことがない。

 歳は結ちゃんが一つ上だからか、最初から「ゆいちゃん」だったと思う。

 これが変化したのが父親の転勤(違うと思うが転勤としよう)で、僕がこちらに引っ越してきたところから。

 同じ町の山側と海側とまで住んでいるところが近くなり、顔を合わせる機会は必然的に増え、同時に結ちゃんからの干渉も増えに増えた。

 会うのは年一回から週一回になり、下手すると二回、三回、それ以上なんて時もある……。


 というのも、母がこちらに越してきてからよく実家を訪れるというのと、その際に野菜なんかをもらうのに車に積む係として僕が駆り出されるの。

 特に用がなくてもタイミングさえ合えば連れていかれるのと、本当になんで僕までいかなければならないのだろうと思うがそうなんだ。

 加えて僕の家が駅から遠くないというのもあり、学校の帰り道に結ちゃんがふらっと寄るもんだから、僕から行かずとも顔を合わせる仕組みになっているのだ。


 まとめると僕は週一回でも会うのを遠慮したいほどに、もうどうしようもないくらい結ちゃんが苦手だ。

 表情が変わらず何を考えているのかわからないから苦手だし、大小に関わらず何の融通も利かないから苦手だし、どれだけ傍若無人だろうと逆らうことができないから苦手だ。

 嫌いとは違うのだけど、それに限りなく近いだろう苦手だ……。


 それなのに中高一貫校の学校が同じところなのも。苗字が違うから知らない人は知らないが、知ってる人からは優秀な結ちゃんと比べられるのも。

 まったく性格が合わないどころか何もかもが真逆なんじゃないかと思うのに、関わらないことも会わないわけにもいかないのも。

 僕に対してとてつもなく厳しいのも、全部全部含めて苦手だ。

 この苦手意識はもうどうしようもないと思う……。


 家に帰って玄関に結ちゃんの靴があったらそっと部屋までいくし、通学の電車やバスでは絶対に会わないようにするし、学校ではより注意して近づかないようにする。

 それでも近づかなければならない時は覚悟を持って、事前に気持ちの用意をして臨む。

 と、これが僕の従姉妹の結ちゃんに対する認識である。


◇◇◇


 そしてこれは結ちゃんと学校でではなくつい先日。結ちゃんの家で会った時の話になる。

 夏休みに行われていた任意補習が終わり、始業式までの休みの期間に入ってすぐの話だ。


 その日。お盆には必ず行く結ちゃんの家を僕は家族四人で訪れ、線香をあげたのち父さん母さんは居合わせた親戚の人たちと世間話に花を咲かせており。

 弟も同室で婆ちゃんにお菓子で釣られて近くにはおらず、だが向こうにいけば結ちゃんがいるし、大人たちの会話にも交ざれないしで僕は一人暇をしていた。


 親戚一同が一度に集まることはなくても本家であるから次々と来客はあり、みんなたまにしか会わないからなのか中々帰らず、お茶出しなんかの手伝いをしていた結ちゃんは忙しそうだった。

 つまり結ちゃんとは挨拶程度で済んでおり、僕は何とかこのまま帰りたいと思っていた。


 しかし、母方の伯母さんが余計な気を使ってくれたらしく、タイミングよく手伝いを終えたらしい結ちゃんに「つかさ」と呼ばれてしまったのだ。

 身につけていたエプロンを外した結ちゃんは呼んだだけで要件は言わず、僕についてこいと言うように裏口から外に出ていき。

 呼ばれたからには行かなければならない僕は、正直言えば行きたくないが、あとが怖いから玄関から靴を履き裏に回った。


「……何?」

「任意補習はどうでしたか?」

「特にどうということもなかったよ。中等部の頃よりは期間が長かったり、ペースも早かったりするけどね」

「そう、ですか」


 結ちゃんは家の裏にある物置の前に作られた伯母さん自慢の庭の、日除けのパラソルとテーブルにイスとあり、お洒落なカフェのテラス席みたいになっているところにいた。

 テーブルには出てくる時に持ってきたのだろう缶ジュースが二つ置いてあった。


「座らないの?」

「えっ、座らないとダメ?」

「……座りなさい。誰か来たら私が立たせておくみたいに見えるでしょう」

「はい……」


 手短に話して戻る気だった僕はパラソルの下にすら入っておらず夏の日差しの中で立っていて、新たに誰か来たり帰る人が見たらそう見えてしまっただろう。

 本当はどうしようもなく苦手だが仲がいいと思われている方が都合がよく、座る以外の選択肢も見つからず僕はイスに座った。


「「……」」


 そして会話が途切れた。

 僕たちに共通する話題は学校のことくらいしかなく、その学校の話題も「座らないの?」の件で切れれば終わりだ。会話がもつわけがない。

 黒川くろかわさんとならいつまでも話してられるのに、結ちゃんと二人きりでは一分だって会話がもたない。

 僕から話しかけようにも学年トップの結ちゃんに成績の話なんて無意味であり、生徒会の話や調理部の話もするにしても問題があり、趣味も好きなこともわからないのでは会話なんて続くわけない。


「これ、もらうね」


 僕は沈黙に耐えられなくなりテーブルの上の缶ジュースに手を伸ばした。

 沈黙の中をこれを飲んでやりすごし、缶を捨てにいく名目でテーブルから離れようと考えたからだ。


「……司、私のも開けてください」


「なんで? 結ちゃん自分で開けられるじゃ、」


「レディーファーストという言葉を知らないのですか。私にそうしろというわけではないですが、気を使う、あるいは気を回す。女性に対してこのくらいのことは言われずともやりなさい。言われずともできるのが上、言われてやるのが中、言われてもできないのが下。『なんで?』なんて聞き返す司は下です」


「えーーっ、何それ!? 今までそんなこと言ってなかったじゃん」


「女性と……いえ、今後そういう場面があった際に困ることはあっても損はない。心の中に留めておくことが大事なんです。いい機会ですから自分がどうするべきなのか覚えなさい」


 こうして僕はレディーファーストがなんなのかを結ちゃんに厳しく指導された。

 結局指導は「もう帰るわよ」と母が呼びに来るまで続き、僕はさらに結ちゃんが苦手になり、しかし黒川さんと付き合う上では役に立ったりもしている。

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