彼女と新学期

第39話 彼氏彼女のピンチ

 今日は八月二十五日。現在十六時二十七分。

 外の天気は僕の現状を表しているかのように淀んでおり、いつ雨が降り出してもおかしくない、天気予報の通りの空模様だ。

 おそらく注意報にあった雷も鳴り、雨もどしゃ降りになるのだろう。

 これからの天気は外ももそんな感じらしい。

 さっきまでの晴れた天気が嘘みたいだ……。


 毎日が晴れ日だった任意補習あとの短かった夏休みは一昨日で終わり、昨日は始業式と軽めの授業。

 そして今日からまた一日を通しての通常授業となった(それに彼女はすごく不満そうだった)。

 それでも短い休みの間に灯籠流しの花火大会にいき、市内の大きなプールにも遊びに行き、彼女が一切手をつけていなかった(つけるつもりもなかった)課題をやったりして、非常に密度が高く有意義な休みの期間だったと言える。


 しかし、事態は僕たちが知らないところで大きく膨らみ、まさかまさかのこんな結末を迎えることになるなんて微塵も思わなかった。

 事が耳に入っていた時点で半分くらいは詰んでいて、そこから数日経過していれば僕たち以外の証拠は全て出揃っており。直接呼び出されたここから言い逃れのしようはなく、そもそもそんな真似ができる相手、、でもない。

 つまり今から彼女、、の口から出る言葉は絶対であることに違いない……。


「──こんなふうに呼び出すことはできても、個人、、への処分は私にできませんから、私からは男女交際の全面的な禁止を次の生徒総会で提言することにします。あぁ、十月に文化祭も控えているから総会の後には保護者会もありましたね。そちらにも同様の提言をすることになるでしょう」


 僕たちの学校の生徒会長は、自らのホームである生徒会室で、いつも、、、と同じように抑揚がない声で言う。

 加えて表情もほとんど変わらないからか、僕は彼女の内面がまったくわからない。たぶんこれまで一度も……。

 わかるのは自分にできないことを理解し、逆に自分にできることを理解し、その中で逃げ道なく詰ませにきたということ。

 とても計算高くて隙がない、実に彼女らしいやり方だと思う。


「時間を取らせましたね。私からは以上です。では退出を」


 放課後に突然呼び出され、伯母さんと同様の事情聴取をされ、すでに僕はだいぶまいっている。

 正直に言えば今すぐ言われたままに退出したい。

 でもそれは言われたことを受け入れるということで。それはお付き合いしている彼女との、黒川くろかわさんとの関係を諦めるということだ。

 そんなの嫌だ。僕は認めない。絶対に引き下がれない。


「お、横暴だ。こんなの横暴だ。恋愛は個人の自由だろ。学校が、まして一生徒が禁止するとか言っていいわけない。気に入らない、、、、、、から別れさせるなんて許されないだろ!」


「私はそんなこと一言も言ってませんよ。それに貴方、、が言ったように私たちは学生です。そして学校とは勉強するための場所であり、ここ、、は特にその意味合いが大きい。さて、以上を踏まえておかしなことを言っているのはどちらでしょうね」


「直接言わなくてもそう聞こえるって言ったんだ! いつもそうやって意地悪してなんなんだよ。どうしてこんなことするのかわからないよ!」


「……退出を。雨が強くなる前に帰りなさい」


 少しだけ感情が乗った「退出を」という言葉は、百五十センチの身長から発せられたと思えないほど重く。

 とうとう雨が降り出した窓の外を見る彼女は生徒会長らしい台詞を言う。


一条いちじょう、行こう」

「ダメだ。このまま帰ったら、」

「いーから! リンちゃんあとよろしく。安斎あんざい先輩も失礼します。ほら、行くぞ!」


 最初から最後まであまり口を出さなかった黒川さんは、外を見たままの生徒会長に頭を下げ、僕たちを呼びにきた生徒会の綾瀬あやせさんに何故だかあとを頼み、僕を無理矢理に引っ張ってドアの外に出る。


「黒川さん、このまま帰ったらダメだって。ゆ、生徒会長は本気だよ! 男女交際の全面禁止ってことはお付き合いをやめなくちゃならないってことだよ!」


「一条、らしくないぞ。わからないの? あった事は一条の言う通りだけど、生徒会長は昨日の始業式で言う気なら言えただろ。それを生徒総会まで言わないってことは猶予を与えられたってことだと思う」


「だから、それは僕たちがその前に別れれば総会では言わないってことでしょう。遠回りに脅しじゃないか。僕たちのことが気に入らないから意地悪してるんだよ!」


「うーん、それは違うと思う。そうだったとしても気に入らないのはあーしのことだろうし、ってヤバ、聞かれてた!」


 黒川さんは物音がした階段の方に向かって「待って!」と声をかけ走るが、階段までと階段からの距離は同じくらいだったようで人影はすでになく、二階である現在地から上にいったのか下にいったのかもわからない。

 平常に戻った学校にはまだ生徒が多く残っているし、実習棟ではない誰でもいる可能性もある校舎で、後ろ姿すら見えなくては誰だったのかなんてわからない。


「一条の声が大きいからだぞ。今の誰だったんだろ。変なふうに広まらないといいけど……」


「それよりどうするの!? 今からでも戻って、ゆ、生徒会長に撤回してもらおうよ!」


「あーしはその辺、、、から聞きたいね。一条は生徒会長と、安斎先輩とどういう関係なの? つっこまれたくないみたいだから聞かなかったけど、聞かないわけにはいかなくなった」


 黒川さんの疑問は調理部の話が出たところから始まり、先日の伯母さんからの事情聴取の時と、そして今日。

 流石にもう黙っているわけにはいかないだろう。

 なら、僕にどれだけ苦手意識があろうと、関係がある黒川さんに話さないわけにはいかないか……。


「生徒会長。ゆいちゃんは従姉妹なんだ」

「うん、それはこないだ伯母さんが言ってたから知ってる。あーしが聞きたいのは、どうして一条はそんなに安斎先輩が苦手なのかってこと。あの人すごくいい人だよ」

「…………。」

「……何その顔。一条そんな顔するんだ」


 みんな、、、と同じことを黒川さんは言うが、僕からしたらそんなイメージは一切なく、僕の親しい友人たちも僕と同様のイメージを持っている。

 完璧主義で、融通が効かず、傍若無人。それと時々お節介。いや、ここ学校でなら自分を絶対とする暴君とでも言おう。

 良いも悪いも自分の判断のみで決めるから、一見優しいような気がするお節介すらそのための結果だと言おう。

 従姉妹の結ちゃんはそんなやつだ……。

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