第38話 夏の終わり ②
「──次あれ! 金魚は連れて帰れないからヨーヨー救う」
そう急かす彼女が足早に向かう先にはヨーヨーすくいの屋台。
前回よりも規模が大きい花火大会は出ている屋台の数も倍近くあり、同じ屋台でも複数見かける。
その差が僕にはわからないのだが、彼女の勘が何かしら働いているのは感じる。
「射的もくじも当たってるわけだし」
「ほら早く! あっ、でも向こうにも屋台ある。比較的空いてるそこか、混んでるけど向こうか。うーん……」
怒りで手がつけられなかった先ほどと比べれば移動中の度重なる謝罪と、全て僕の奢りとなった屋台を巡るたびいくらかは機嫌が良くなっているのだろうが、付き合い始めてから彼女が一番怒っていることに変わりはない。
僕がいくら「許可したじゃないか」と彼女に言ったところで、確かに自分自身も「これはいいんだろうか?」と感じたのだ。
やっぱり彼女がいる身でしていいことではなかったのだろう。
感じた罪悪感は何も間違いではなかったのだ……。
いくらそこに彼女は初めから全部知ってたとか、最初から全部見ていたとか追加すると理不尽だとは思うけど、これを僕たち彼氏彼女で逆に置きかえたら僕はすごくショックだ。
僕は
許す許さないはわからないし、相手をどう思うのかもわからないけど、嫌な気持ちを消すことはできないと思う。
「はぁ……」
「
「
「お前も黒川も意外と独占欲が強いんだな。俺はあんなに黒川が嫉妬するのを初めて見たぞ。それだけ真剣ということだろう。やきもちをあまり気にしすぎるな」
怒れる黒川さんを宥めてくれただけでなく、僕をフォローさえしてくれる高木くんは、買い物の荷物持ちという
名目は名目であって花火大会までが荷物持ちには含まれており、何より重要なのが姫川さん
先日は言ったのが僕で主催は黒川さん。
今日は言ったのが僕で主催は
両日の違いは主催の違いだけでなく、それがいくらLINEでの連絡だろうと姫川さんからの誘いというのが重要なんだ。
やっぱり今日も僕だけが何も知らなかったり、伯母さんと約束していた手伝いが長引いたりしたけど。
先日よりも全員が全員のことを知り、見えない変化が見えるところにあって。
得たものも屋台を巡るための資金だけでなく、目に見えないけどなかったものもあって。
同じメンバーで、いい意味で違う。
「……そういえば姫川さんは?」
「そこだ。屋台ばかりの黒川と違って踊りを見てる。俺がこのまま近くにいるからお前は黒川の方にいけ。待たせるとまたうるさいぞ。もし逸れたら連絡しろよ」
「うん。もう両手が塞がってるけどその時はなんとかするよ」
先日は高木くんが黒川さんに付き合い屋台を巡り、今日は僕がそれをしている。あの時はなかった互いの連絡先もある。言い合いして距離だって近づいた。
きっと僕たちは友達になれると思う。
◇◇◇
「──ふう、満足した」
そう言う彼女は最後に買ったあんず飴以外手ぶらだが、対して僕は両手が塞がるどころではすんでいない。
運なのか勘なのか定かではないし、愛嬌なのか計算ずくなのかも定かではないが、こうもお祭りに強い人がいるとは思わなかった。
こういうお祭りってオマケくれるんだ……。
「高木くんたちがいるところにいこう。じゃんがら終わったらそのまま花火になるから」
「……じゃんがらってなに?」
「いや、あの踊りだよ。黒川さん知らないの?」
「あー……、よく知らない。太鼓持ってやってるってことしか知らない」
じゃんがら念仏踊りというこの地域特有のものらしい踊り。
僕も以前はよくわからず見ていたが、今は新盆の家々を供養して回るものだと理解している。
そして、このお祭りでは直前に流された灯籠に向けられるものになるともだ。
黒川さんはそれを見たまましかわかっていないのか……。
「パフォーマンスみたいになってるけど、本当は供養のための踊りで、今日のは流した灯籠に向けられた、って何?」
前を歩いていた黒川さんは急に振り返り、思わず自分も足を止めてしまう。
底の厚いサンダルを履いた今日の黒川さんはその分だけ身長が高くて、今は従姉妹と同じくらいの身長に見える。
「そういえば明後日のプールだけど今日のメンバーでいくから」
「えっ、僕聞いてない」
「うん、言ってないし。今日は
どうして僕の知らないところで予定が決まったり、内容が変更したりするんだろう……。
慣れてはいけないんだけど慣れてきたぞ。
しかし、謎だったけど聞くタイミングがなかった、僕を除く三人で行われた駅ビルでの買い物の一部がなんだったのか判明した。
駅のコインロッカーに入れてきた買い物袋は、黒川さんと姫川さんとを合わせて五、六個あった。
タイミングも理由だけど、女の子に何を買ったのかなんてプライバシー的に聞けないし、しかし水着か……。
「一条、いま『水着か……』って考えたろ。しかも、あーしは水着買ったって言ってあるから美咲ちゃんのだ!」
「うっ、ごめんなさい」
「そんなんじゃポイント減るだけじゃすまなくなるぞ。美咲ちゃんに負けんな、今日も本当にサービスしすぎた!」
ここで僕が「嫌ならしなければいい」と言うのは違うんだろう。
黒川さんは黒川さんのルールや流儀を持っていて、その上で姫川さんのことを許容しているのだ。
その結果を実際に見たらやきもちを焼くのも、僕が不甲斐ないというのが主な理由だし。
「このまま二人で花火見ようか?」
「……ほう」
「それと、その、手を繋ぐくらいのポイントはあったりするでしょうか?」
好きを探すという僕たちの彼氏彼女のあり方。
僕からは増えるばかりで減っていないが、黒川さんからは減っている気はしても増えている気はしないけど、こんなシーンで叶うならそんなことをしてみたかったり。
「現在両手が塞がっており、他の女にデレデレする信用がない分際で、彼女と手を繋いで二人きりで花火が見たいと?」
「う、うん」
「その上、人混みから離れた暗がりでいやらしいことをしようと?」
「いや、そんなことは言ってないけど」
うっかり調子に乗ってしまったけど、黒川さんやっぱりまだ怒ってるんだ。
態度も視線も姫川さんくらいに刺々しい……。
そして僕はもれなく両手が塞がっていた。
これではどうやっても手なんて繋げない……。
「……右手の荷物貸して」
「えっ」
「そうすれば右手あくでしょ。付き合ってるっぽいことして、今日のサービス分の元を取る。それに一条からそんなことを言うなんて初めてだにゃん♪」
黒川さんは刺々しい態度から一変して、半ば強引に僕の右手の荷物を持ちあいた手を握る。
「──さっき橋の上からこの先にベンチが見えたからそこ行こ。暗いしたぶん誰もいないよ」
その顔は初めて会った時のようにどこか悪戯っぽくて、彼女のことだから裏に何かの企みを感じたりするけど。
言い出したはずの自分のこの胸の鼓動の前には些細なことに思えるから不思議だ。
──夏休み編。完──
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