第37話 夏の終わり

 八月二十日。夏休みは残すところあと三日となった今日日。

 そんな今現在、日本標準時で十七時四十三分。

 待ち合わせの改札前について十分くらいは経過しただろう。


 というか、考えてみればこんな夕方に学校帰りというわけでもないのに、この改札前にいるというのは初めてかもしれない。

 そして夏休み中のいま制服姿の学生の姿は辺りになく、代わりに今日は浴衣姿の人が多い。


 このあと始まる花火大会は規模としては市内で二番目であり、駅から少し距離はあるが車でというのは現実的ではなく、歩くとしても電車でくるの人が多いからだろう。


「結果、学校がある時よりかなり人が多いと……」


 自分と同様に待ち合わせする人もやっぱりいるし、同じ電車に乗ってきた人数も相当だった。

 このあとの電車に乗ってくる人もまだまだいるだろうし、待ち合わせ場所をここにしたのは失敗だったかもしれない。


 せめて外にすれば……いや、外だとそれはそれで困るか。お互いどんな格好なのかもわからないわけだし。

 しかし、いかないと一度は断られたのにどうしたんだろう?

 そりゃあ初めに誘ったのは僕なんだけど、


「だーれだ」

「わぁっ!? だ、誰だ!?」

「……それはどういう意味、、なのかしら」


 僕は前回もだが改札を背にしていてはと改札の方を向いていた。今日は気づいたら時間が過ぎていたわけでもない。

 何よりまだ、、電車が到着する時間でもないというのに、何故だか背後から密着かつ目隠しされ、その冷ややかな声を聞くまで相手が誰だかわからなかった!


 だって、電車が到着していないのだから彼女、、がいるわけがなく、まったく彼女から聞いたことがない音域の声だった。

 だが、僕がそれをなんと表現しようと言い訳としか思われず、声色だけでなく視線まで冷たいのは変わらないだろう……。


姫川ひめかわ、さん。こ、こんばんは」

「こんばんは、一条いちじょうくん。黒川くろかわさんにはすぐ気づいたくせに私には気づかないのね」

「だって聞いたことない声だったし……」


 姫川さんは今ので確実に当たった柔らかい何かを気にした様子もなく、むしろ不満げな様子で「思っていた反応と違うし、失礼ね」と言い、密着した態勢から離れていく。

 どうやら僕は慣れというか多少耐性がついたのか、様々な刺激に対して平静を装うことに成功したようだ。


 そして、仮に僕が姫川さんが思っていた反応をした場合どうなっていたのかだが。

 どう考えてもいい内容ではなく、おそらくそれよりは冷ややかな態度の方がマシだと思う。


 なんとなく姫川さんのことを理解できてきたと最近感じからか、この勘があながち間違いではないという気がする。

 きっと黒川さんと同じかそれ以上に大変なことになっていただろう(僕だけが)。


「──というか姫川さんはなんでいるの!? ちょうど今だよね、電車着くの」

「何を言ってるの? それはその電車よりも前の電車できたからに決まっているでしょう」

「いや、それならそうだと言ってくれないと困るよ」

「伝えていたら今のできなかったじゃない」

「えー……」


 もしかすると今のをやりたいがために一本早い電車できて、僕を待ち伏せていたのだろうか。

 先日「隙があれば自分もやりたくなる」と言っていたし。

 そういうのは黒川さんだけで間に合っているんだけどな……。


「ところで、今日は私服なのね」

「えっ、浴衣じゃないとダメだった? こないだのは母親に着させられただけで、自分で着たわけじゃなかったんだ」

「そう、浴衣だと思って探したから見つけにくかったという話よ」


 浴衣だった先日と違い今日は姫川さんも私服だ。

 姫川さんの制服と浴衣姿以外を初めて見たし、よくよく考えたら私服の女の子と待ち合わせという状況も初めてじゃないか?


 任意補習の期間中、毎日のように朝待ち合わせた黒川さんはずっと制服だったし、先日の花火大会では浴衣だった。

 ……で、お付き合いしている彼女を差し置いてのこれは果たしていいのだろうか?


 いやいや、黒川さんに承諾は得ているんだから心配することないよな。問題ない!

 黒川さんが彼女なんだし。来週は二人でプール行くし。問題ないはず……。


「一条くん。今のはわかりやすく『褒めろよ』って言ったのよ。曲がりなりにもデートというていで待ち合わせて、女の子の服装に一言もなく何をボーっとしてるの」


「えっ、」


「『えっ』じゃない。そんなことじゃ黒川さんに愛想つかされるわよ。それはそれで構わないからいいのだけど、今は私が目の前にいるんだからそうしなさいということよ」


 なるほど。そんな内容を確かに何かで見たぞ。

 姫川さんの服装はなんと言ったか……そうだセットアップだ。

 白のセットアップに底がないサンダル。肩から下げているポーチ。

 一見かなりラフな格好に見えるけど、モデルの問題なんだろうか周囲よりも目立っている。


「えーと、見慣れた制服姿よりも露出がなく、浴衣姿よりも大人っぽくて、とてもよく似合っています」


「甘めに点数をつけて三十点」


「低っ、自信はなかったけどそれでも低」


「他と比較しないのは評価するけどそこだけね。こっちは色々と考えて着てきているのだから、褒めるならもっとストレートに褒めてちょうだい」


 三十点の配点は一つの項目でだけだった。

 あと七十点もどうすればいいのか……。

 見たままを言うのではなく、もっとファッションを勉強したりすれば点数は上がるのか?


「でも、一言でも褒められたら満足よ」

「姫川さん。そういう不意打ちみたいなのズルいよ」


 急にしおらしくというか、急に態度が甘くなるのはズルいと思う。

 姫川さんというのはもっと刺々していて、触れたら絶対に怪我するみたいな感じなはずなのに、この落差には正直言ってドキドキするしかない。

 これがみんなが普段見ている姫川さんだとしたら、姫川さんにまいらないヤツはいないと思う。


「そろそろね」

「……何が? 灯籠流しはもう始まってるから、今からだと踊りと花火しか見れないよ」


 姫川さんは僕に答えることなく三歩ほど後ろに下がる。

 そして視線は僕ではなくその後ろの方を見ているようで、気になって振り返ると、そこには一目でわかるほどものすごく不機嫌な黒川さんがいた!


「この浮気者……。彼女の目の前でデレデレしやがって。あーしは服装を一回も褒められたことないけど!? どうなってんだ、言ってみろこのやろう!」


「なっ、えっ、黒川さん!?」


高木たかぎっち。これ持ってて!」


「高木くんも!?」


 黒川さんにばかり目がいっていたが紙袋を受け取ったのは高木くん。

 どうして二人が? どうなってるんだ?

 ──なんて考える暇はなく、今は怒りが態度にまで出ている黒川さんをなんとかしなければ!

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