第36話 鬱陶しさと後悔と ③

 彼女と貴方との間を取り持とうと決めた私だったけど、そんなことをした事は一度もないし、貴方に話しかけるにしても何と言うのがいいのかと私は考えた。


 貴方にも彼女にも周りにも変な印象を持たれず、しかし彼女のことをどう思っているのかを探るには、どうしたらいいのかとしばらく悩んだわ。


 きっかけになるような話題なんていくつもあるはずなのに、何て話しかけようかと考えるほどに悩んでいった。

 私は鬱陶しいや気に入らないを含まない、いわゆる世間話的な会話が難しいとは知らなかったのだ。


 敵意も悪意も打算すら持たずに自ら人と接するのは久しぶりだったし、貴方たち二人ともが善人すぎて自分が嫌になるしで大変だった……。

 私が勝手に決めたことだけど、勝手にやめようかと思ったくらいよ。


「……」

姫川ひめかわさん。違ったら申し訳ないんだけど僕何かした?」

「えっ、ど、どうして?」

「先週からなんとなく視線を感じるというか。ここ柱があって廊下見てるわけでもないし、気のせいじゃないならなんなのかなって……」


 とうとう貴方から話しかけられて様子を伺っていたのがバレていたと知り、内心焦った私だけど自分の机の上にあるノートに目がいきこれだと思った。


「その、実は私あまり数学が得意ではなくて。今の授業も速くてわからないところがあって。一条いちじょうくん、得意なら少し聞いてもいいかしら?」


「あぁ、それで。数学か、確かに先週からスピードが上がったね。でも僕も得意と言えるほどではないんだ。ごめん。あっ、彼なら数学が得意だから呼んでこようか」


「いえ、貴方が隣だから聞いたのであってわざわざ彼を巻き込むのは申し訳ないわ。私こそごめんなさい。後で先生に聞きにいくから大丈夫よ」


「……あまり頼りにならないだろうけど見せて。中間テストの範囲内ならなんとか」


 得意ではないと言いながらも自分が頼られたからだろう、貴方は嘘を言った私に親身になって教えてくれた。

 いつもなら何かしらの打算があると疑う私でも、得意ではないと言いながらも一生懸命に応えようとする貴方に打算は見えず、この時は居た堪れない気持ちだった。


 しかし、変な印象を持たれない会話の糸口を私は見つけたのだから、それを十二分に活用することにした。

 私は同様の内容から会話を促し、そこに真面目で内気な彼女も巻き込んで二人の間を取り持つことにした。


 私は会話が増えた貴方たちを見て上手くいったと感じ、あとは彼女の背中を押してやればいいとか思っていたら、あるところで自分の見通しがだいぶ間違えていたことを知る。


 てっきり貴方は彼女に対して少なからず好意があると思っていたのに、彼女に対してクラスメイト以上の感情がないのだと気づいた時は驚いた。

 それどころか異性への興味もほとんどないと知り、さらに私は驚いた。完全に誤算だった。


 貴方は誰にでも公平に接するけど、その公平さは貴方を好きな女の子にも公平に機能していて、彼女でなくても貴方にアプローチする女の子はいないと思った。


 クラスメイトか友達からは先に進まない相手に「好きだ」と伝えたところで「ありがとう」以上の返答は得られないだろうし。

 そんな相手を外から恋愛する気にさせる方法なんてあるわけもない。


「言わないだけじゃなく言えないのか……」

「姫川さん、どうかした?」

「いえ、なんでも。期末試験は出題範囲が広いのだから頑張りましょうと言ったのよ」


 私は貴方のことを知るうちに「これは無理だ」と感じるようになり、彼女に「申し訳ないことをした」と思いながら、私と貴方との距離を元に戻そうとして……ある時、自分のおかしな行動に気づいた。


 私は、いつの間にやら自分から貴方に話しかけにいっていた。

 彼女のために意識して話しかけていたはずが、気づいたら意識せずに自分から話しかけていたのだ。


 自覚した時はなんなのかわからなかった。

 どうしてそんなことをするのか、自分で自分がわからなかった。

 そしてわからないまま日が経ち、やがて私は自分の本心に気づいた。

「あぁ、私も彼女と同じなんだ」と……。


◇◇◇


 私が彼女のことを気づいたように、彼女も私の変化に気づいたことだろう。

 それでも彼女は何も言ってはこなかった。

 彼女は貴方に今以上を求めておらず、それが彼女の恋心なんだと私は伺い知ったわ。


 同時に自分が今現在付き合っている相手に気持ちがなく、考えてみれば最初から気持ちがあったのかすらあやしく、黒川くろかわさんにされた忠告おせっかいを私は無視できなくなった。

 自分はいったい何をしているんだろうと、日に日に強く思うようになっていった。


 そんな相手を切り捨てるのは容易く、自分の抱えた鬱憤をぶちまけるにも都合がよく、私は別れ話に逆上し手を出してきた男に本気でやり返した。

 その結果。人前に出るのは二、三日躊躇うことになったがせいせいした。


「──美咲みさきちゃん、おはよう! やっぱり美咲ちゃんも夏休みしたかったんだろ。ズル休みなんてして……その化粧。顔どうしたの?」


 しかし、化粧であざを誤魔化したはずがそれをおかしいと思ったらしい黒川さんに駅で絡まれ、無視しても詮索がしつこいから私は口止めも兼ねて事情を話した。

 おせっかいの借りもあったしね……。


「そっか……。良くない男と付き合ってたんじゃ心配だったしよかったよ。美咲ちゃんがフリーなんて男たちも喜ぶし」


「勝手なこと言わないで。任意補習が終わったら陸上部に本格的に参加するのだから、その前に間違いを精算したまでよ」


「……ねぇ、高木たかぎっちじゃダメだったの?」


「どこから話を聞いてくるのか知らないけど、私に付き合ってる人間がいようといまいとあんな男と付き合う気はないわ。告白するのなら自分一人の力でやるべきだし、何より彼女に謝りもしないで利用しようなんて根性が気に入らない」


「それはそうなんだけど……。それも美咲ちゃんが好きだからだと思うんだ」


 黒川さんが高木かれの肩を持つ理由は、二人の付き合いからくるものだけでなく黒川さんの打算。

 実に黒川さんらしいしたたさが関係しているのだと、この時に知った。


「──私は貴女と違って慈善事業する人間じゃないの。私は好きでもない人間と付き合える人間じゃないの。だから、」


「……じゃあさ。一条となら付き合えるの?」


「何を……」


「何かおかしいとは思ってたんだ。どうして一条が気になるくせに、ちょっかいばかりで自分から何もしないんだろって。でも、今のでなんとなくわかった。美咲ちゃん、その後ろめたさはラブレターが原因?」


 私が貴方たちが付き合っていると聞いたあとに気づいたことに、黒川さんは自分一人でたどり着いた。

 そして図星を突かれた私は顔にそれが出ていたらしく、否定も誤魔化しも利かなかった。

 あとは「諦められない」と言う高木を黒川さんが連れての、まだ昨日の花火大会になる。


 私は貴方も彼女も下に見て、利用して、あんなことをする高木が心底嫌い。

 でも、それは自分どう違うのかと今は思う……。

 付き合っている相手がいる貴方を諦められなくて、自分をよく見せようと浴衣まで着て、私と付き合うならなんて言う私とどう違うのかと思う。


 私は黒川さんの言った「友達」という言葉の意味を考えようと思う。

 きっと本当の意味での友達なんて人は私にはいなかったから。高木もきっとそう。

 あれは私たちに対しては貴方とは違う意味を持つ言葉なのだと思う。


 黒川さんの貴方へのあの言葉の意味は、「特別仲良くするなんて許さない。けど、二人とも放っておけないし放置して取り返しがつかないことになるのも困る。ここは一条を信用して、もし裏切ったらコロス……」じゃない?


 ……このくらいわかるわよ。

 何年アレに付き合わされていると思ってるのよ。

 私は友達というグループに入ったから急に次の日から友達なんて無理よ。嫌いなものは嫌いだもの。

 だけど、それではダメなのよね……。

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