第29話 花火大会 下 ③

 僕に言えたことはやはり頭の中に浮かんだものと同じで、そこに高木たかぎくん側からの言い分が加わってほぼ完成してしまった。

 さっきの言い合いで新たに出た部分まで含まれて、より詳しい僕と黒川くろかわさんとの彼氏と彼女の事情になったことだろう。


 伯母さんは途中から食い入るように聞いているし、コンビニに寄って飲み物まで買ってくるし、もう事情聴取と言って楽しんでいるとしか思えない……。


「──好きを探すか。黒川は見かけによらず意外と乙女なこと言うんだね。可愛いぞ」


「確かに。貴女がそんなことを言うなんて思っても見なかった。私は貴女の認識を改めたわ。可愛いわよ」


「あーーっ、なんだこの羞恥プレイは!? 一条いちじょうのバカ。両隣はなんでにやにやしてんだ!」


 僕だって彼氏と彼女の事情どころか、自分の思い出しては悶絶する愚行までを、まさか再び話すことになるなんて考えもしなかった。


 こんなふうに複数人の前でなんて考えつくわけもない。聞いた伯母さんと姫川ひめかわさんは揃ってにやにやしているし。

 あーーっ、本当にどうしてこんなことになった!?


「冴えない甥っ子にこんないい彼女ができるなんて、伯母さん嬉しいよ」


「聞いてる方からしたら、仲が良すぎてちょっと苛つく部分もありましたけどね」


「バカ一条、根掘り葉掘り言いすぎだから。もっとぼかして喋れよ! いや、彼女とのことを細かく喋るなよ!」


 黒川さんの言うことは最もだが、背に腹はかえられないのだからしょうがないんだ。

 根掘り葉掘り正直に言わないといけなかったんだから仕方ないのだ。

 僕も耐えるから黒川さんも耐えてくれ……。


「やっぱり一条と高木っちのせいだ。違うとか言ったけど違わない。絶対に許さないから!」


「それはさっき謝った時に終わったんじゃ、」


「そのつもりだったけどこんなことになったら無理だから。どこかにこの気持ちをぶつけないとやってられないの!」


 黒川さんが羞恥にかられるのは理解できるけど、言った僕の方が多くの羞恥心を感じているだろう。

 僕は今日までの彼氏彼女のやり取りを時間をかけて喋らされた被害者とはならない……な。

 黒川さんは本気で怒ってる。これは困った。どうしよう……。


「──それに対して高木。お前はうちの甥っ子に何なんだ? どういうつもりなんだ。お前、学校の中での立場をなくしたいのか」


「立場?」


つかさは見ての通り可愛い彼女がいるだけの、認証欲求がないちょっとアレな奴だが、バックにはとんでもないのがいるんだぞ。まあ、その司があんなに本気になるんだからこれ以上は咎めないけど」


 高木くんの言い分はやはり自分勝手らしく、姫川さんだけでなく伯母さんにも不評だがそんなことは別にいい。

 直接言われたからわかっているし。

 僕の言われようも概ねその通りだから構わない。


 問題はいちいち出てくる脅し文句だ。

 何もその力は高木くんにだけ適応されるわけじゃないのに。

 先生ではないが生徒の一人二人くらいなら簡単に消せそうなのに……。


「……ねぇ、一条くん。どうしてその男を見限らないの? 今のを聞いていてを庇う人間はいないと思うわよ」


「姫川さん? どうしてって、逆にどうして姫川さんは高木くんをそんなに嫌うの? 高木くんは姫川さんに対しては真摯そのものじゃないか」


 僕からも高木くんからも姫川さんの真意はわからない。

 どれだけ僕たちが語ろうと姫川さんからの肯定も否定もなければ、それは僕たちが勝手に想像したものでしかないのだから当然だ。


 姫川さんの高木くんに対する当たりの強さも、僕に対する態度も、姫川さんが何も言わない限りは真意はわからないまま。

 そうなるとこの状況にはとても意味がある。

 推し量れない姫川さんの真意を、姫川さんから直接聞けるかもしれないのだから。


「それは貴方から見たらの話でしょう。でも理由を付けるとしたら、私は彼から伝えられる気持ちにいくら加点をしても、自分の中にあるマイナスを決して上回らないからかしら。自分が他の人を見ていて気持ちに蓋をすれば、なおさらに上回らないでしょう?」


「黒川さんの前でそういうのはちょっと……。高木くんもいるわけだし」


「関係ないわ。おば様には申し訳ないけど私は私を貴方の彼女として推すもの。聞いていてなおさらにそう思った。そうなればいいのになって……」


「えっ──、姫川さん」


 黒川さんも伯母さんも高木くんも、みんなは姫川さんが言ったままに受け取ったようだけど最後のところ。

 いまの言葉の最後のところの笑みには悲観があった。

 姫川さんは口に出して言ってはいても絶対にそうならない。あるいはそうなってはいけないと思ってる?


 ……貸しだろうか。姫川さんの言った黒川さんからの貸し。

 あの会話の時の表情を知っている僕だから今のを気づいた。何かはわからないけどそこに重要なものがあるのか?


「なんだ、次は姫川の番か。もうここで話していくか? いいぞ、喋ってくれて」


「いえ、車が走り出さないと嫌です。そろそろ出発してください。わざわざバイパス下りてまでコンビニに寄ったりしたんですから、上に戻るならその方が早いのだから戻ってくださいね。持ち時間とやらもきちんと計りますから」


「……あっそう。すごくはっきりしてるよね。キツいこと平気で言うし。高木はこれでも姫川がいいの? この子は中々アレだよ。性格も悪いよ」


「自覚あるので間に合っています。それに普段は大人しくしていますから大丈夫です。早く出発してください」


 姫川さんに言われて伯母さんはようやく車を動かし、来た道を引き返してバイパスへと戻るようだ。

 残る事情聴取は姫川さんと黒川さんの二人。


 しかし姫川さんは車が動き出したら窓の外を見ていて喋る気がなさそうだし、黒川さんは本気で怒っているようで下を向いたままぷるぷると震えているのだが、これをどうするんだろう……。


「ほら、戻って来たんだから喋って」

「絶対にヤダ。あーし関係ない」

「えー、じゃあ姫川な。喋って」

「私も嫌です。もう事情聴取は十分なのでは?」


 やっぱりというかまぁそうだろう。

 姫川さんも黒川さんも、平時でもそんな反応をすると思う。

 特に今は黒川さんはもう何一つ言いたくないだろうし、姫川さんはただ車を動かすために素振りを見せただけみたいだし。


「おい、こんなところで停まってらんないぞ!」

「なら走ってくださいね。日付けが変わりますよ」

「なっ、騙したぞこの女!?」

「おば様、私は喋るなんて一言も言ってませんよ。そもそも私は口が軽くないので。すいません」


 姫川さんのやり方が最悪だと思わなくもないけど、僕も姫川さんの真意を知りたい。

 僕は高木くんのこと以上に姫川さんのことを知らない。想像では限界がある。

 黒川さんに聞いたことと自分で見たことしかわからないのでは足りない。


「姫川さん。僕は姫川さんとも友達、、になりたいんだ。それで、その、少しだけでも姫川さんのことを喋ってもらえないでしょうか?」


「イヤよ。それに言ったじゃない。私と付き合うと言うなら教えてあげるって。あぁ、別に私とも、、、付き合うでも構わないわよ」


「……三人からの視線が痛いからやめてください」


「私はお友達で終わる気がないのだからそれじゃあ無理ね。これくらいの条件が付かないなら私が言うことは何もないわ」


 喋っている間だけ向いていた姫川さんの顔が再び窓の外に向き、喋る気がないのをアピールというか行動で示す。

 僕たちではやっぱり姫川さんは手強い……。


「……美咲みさきちゃん。一条と友達、、ならしぶしぶ、イヤイヤ、どうにかこうにか認めよう」


「だから私は友達なんて関係を別に求めてない、」


「違う。そこがスタートラインだって言ってんの。絶対に譲らないけど言い寄るなとは言わない。そのくらいのチャンスをあげてもいい。あーしは絶対に負けないというか、一条があーしにベタ惚れだし問題ない」


「黒川さん何を言ってるの!? そこは譲られると僕が困るんだけど。高木くんにも言い訳のしようもないよ!?」


「一条は黙ってて。で、美咲ちゃん。これにはもう一つ条件をつける。高木っちにもう一回チャンスをあげて。これなら誰も損をしない。あーしは美咲ちゃんにチャンスをあげるから、美咲ちゃんは高木っちにチャンスをあげる。一条は絶対に美咲ちゃんに屈せず高木っちを応援すると。一条が変わらなければ問題ないんだからね!」


 最後ものすごく睨まれた……。

 それに黒川さんは誰も損をしないと言うが、僕と黒川さんに損はなくても得るものもない。

 チャンスというのが告白なんだとして、一回だけと言われてもいつくるのかわからないそれをいつまで待つのか。


 友達から始まって告白までって……僕には得るものがなくても高木くんにはある。本当にチャンスだ。

 それに高木くんを応援って、僕に姫川さんと高木くんの間を取り持てということか。

 もしそれで高木くんと姫川さんが上手くいけばそれでいいんだ。


「美咲ちゃんは少し考えてて。言っておくけどこれ以上の譲歩はないからね。これで貸し借りなしの圧倒的あーし有利だから。それで、何を言えばいいの?」


「えっ、あー、ちょっと展開についていけてない。黒川の好きなように喋って」


「なら、あーしはあーしの話をしようかな」


 機嫌を損ねたところから一転、黒川さんから再び事情聴取は再開されるらしい……。


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