第30話 下駄箱に入っていた運命

 ──運命の人、、、、っていると思う?

 あーしはいると思う。広い世界のどこかには必ずいるんだと信じてる。

 だって、そうじゃなければ自分という人間は存在していないと思うから。


 あーしは行ったこともない国で生まれ育ったパパと、そこから遠く離れたところで生まれ育ったママとが出会ったから生まれたのだ。

 それに運命という言葉を使わなかったら、どうやって二人が出会うのかわからない。


 世間じゃ偶然出会ったなんて言うかもしれないけど、あーしはそうじゃないと思う。

 偶然だけでは結婚までいかないと思う。

 出会いが偶然だったんだとしても、それを運命に変えたから結婚するに至ったんだと思うのだ。


 パパはママと出会ったのは運命だと言った。

 出会った瞬間にこの人しかいないと感じ、パパはママに猛アプローチしたらしい。

 わかりやすく典型的なパターンであり、そのアプローチが実りあーしがいる。

 パパはきっと運命の人と結ばれたのだ。


 しかし、ママは別に運命なんて感じなかったと言う。

 人間が運命の人と出会う確率を計算してまで言うのだ。ママは本当に運命の人はいないと思ってる。

 どんなふうに計算しようと1%を絶対に超えないし、付き合ってみないとわからないと言うママの言葉も理解できる。


 でも、あーしはパパと同じく運命の人はいるんだと思う。出会えないだけで広い世界のどこかには、自分にピタリと合う人がいるんだと思う。

 だからあーしはその運命の人をずっと探してきた。


 確率が超ひくーーいのはわかってたから自分が出会う異性に絞り、ひととなりを知れる人に絞り、少しでも興味がわく人に絞り。

 確率を上げるために許容範囲もそこそこ広げて探した。


 異性がいるところには積極的に顔を出すようにしたし、自分に興味がないことでもやってみたし、お誘いは受けられる時は受けてきた。

 まあ、そんなくらいでは運命は見つからない。見つかるわけがない。


「──っ、いったーーい。本気でやった!? あ、痕ついてるし!」


「学校に呼び出されて長々と説教を聞かされたのよ。デコピンの一発くらいするでしょう」


「あれってママのせいで長かったんじゃないの!? 担任の先生が英語の先生だからってなんで全部英語で喋ったの。先生途中で黙っちゃって学年主任の先生に代わったからよけいに長かったんだよ。ママのせいじゃん!」


「完全下校時間に救われたわ。いい仕組みね。是非残業させたがる会社にも導入してもらいたいわ」


 これは期末試験の一ヵ月くらい前。

 放課後に親を呼ばれ入学からの素行不良のお説教を受け、帰りの車でママにデコピンされた時。

 期末試験で三つの赤点を取り、三連続デコピンされるより前の話だ……。


美雪みゆき。ママはパパみたいに小言は言わないけど、言いたいことはわかるわよね」


「はいはい、以後は気をつけますー。先生たちに言われたようにこれからは学生らしい行動をして……なんだとかこうだとかしますー」


「別に放課後呼び出されなければしたくないことをしなくていいわよ。好きにしていいから目をつけられないようにやりなさい。そういう意味で気をつけなさいね」


「……怒ってないの?」


「特には。でもそうね、そろそろ親に紹介できるような男の子と付き合ってもらいたいわね。運命の人なんて言わなければいい子はいるでしょう」


 ママには悪いが運命の人を諦めるつもりはなかった。

 先生たちから目をつけられようと、付き合ってほしいとお誘いがあれば今後も受けるつもりだった。

 そう、あーしは自分からは探すだけ。

 付き合ってくださいなんて自分から言ったことは、あの時まで一度もなかったのです……。


◇◇◇


「──黒川くろかわ、今日は朝からずっと。珍しくそんなに集中して何を読んでるの?」


「ラブレター」


「ラブレターって、また男!? アンタ懲りないね。こないだ親呼ばれたんだから少しは控えなよ。いや、この場合は男の方が問題なのか?」


「違う違う、このラブレターはあーしにじゃない」


 期末試験が終わった次の日の昼休み。

 さっそく一枚目の赤点の答案が返ってきたが、そんなのは目の前のことの前にはどうでもよかった。

 あーしは朝からラブレターに夢中で、それにしか目が向いていなかったから。


 下駄箱に入っていた宛先を間違えたラブレターはとても変わっていて、これを単なる偶然で済ませることも、途中で読むのをやめることもできなかった。

 もうあーしの興味はラブレターを書いた人にしかなかったのだ。


「……待って。じゃあどうして自分にじゃないラブレターを、アンタはそんな真剣に読んでるの?」


「内容がとても面白かったから?」


「ごめん。面白かったのはよかった?けど、そうじゃない。どうして他人に宛てられた手紙を開封してんのかって聞いたの」


「あーしの下駄箱に入ってたし、それにこれ宛名も差出人も表にはなかったの」


 話しかけてきたのは隣の席のリンちゃん。

 リンちゃんは朝からずっと何かに夢中なあーしを訝しんでいて、昼休みになっても変化がなかったから話しかけてみたのだろう。

 そして、リンちゃんが偶然を運命的なものに変えた。


「それで開けてみたと。この学校にはそんな馬鹿な男がいるんだ……。って待って、それ一条いちじょうから!?」


「……リンちゃん。なんでわかんの?」


 あーしが読んでたところには差出人の名前も宛先も書いてなかったのに、リンちゃんはその一枚をチラリと見ただけで差出人の名前を言い当てた。

 あーしはまったく知らない人だったのにだ。


 もしここでリンちゃんがいなかったか、見てもわからなかったのなら、ラブレターは返却しただけだったかもしれない。

 でも、偶然が偶然ではなくなった気がした。

 これはもしかしたら運命なのかもと思った。


「なんでって、去年まで一条とは同じクラスだったし、それにアタシら学級委員だったから。毎日二人で日誌つけてたから字を見ればわかるのよ」


「それだけでわかるかなー。嘘ついてない。過去好きだった、現在も好きだからわかるんじゃないの?」


「それはない。一条、真面目だけど変なヤツだし」


「うん、それはわかる。ラブレターがその通りだもん。 ……どう変なの?」


 すごく身近に自分が興味しかない人を知っている人がいて、あーしは何も知らなくて。

 絶対に言ったことだけではないはずのリンちゃんに、どのくらい気があるのかを確かめるついでに、あーしは一条とやらのひととなりを探ることにした。


「たとえば、学級日誌は最初は一日交代で書いてたんだ。だけどある時ウチが風邪ひいて二日休んでさ。日誌は一条が三日続けて書いたんだ。黒川がウチならその後どうする?」


「自分も三回書くか、その日から書くかじゃない」


「だよな。それを一条は『今日は僕の番だから』って頑として譲らないの。一条がどう言っても折れなくて、でもこっちにしてもそんなわけにはいかなくて。折衷案でその日から二人で日誌を書くことになったんだ」


「それって向こうがリンちゃんを好きだという可能性はないの? 病み上がりで弱ってるところにいいところを見せようとしたとか」


「ないな。そんなことをするヤツじゃない。真面目だし、優しいし、誰とでも仲良くするヤツだけど、異性なんてものに興味があるようには見えないヤツだよ」


 リンちゃんの見立ては正しい。

 ラブレターにラブがないのが一条だったから。

 でもそれは向こうから気がないだけで、リンちゃんからの気がないわけではない。

 これは好きじゃないとは言い切れないなと少し焦った……。

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