第28話 花火大会 下 ②

「──ふざけんなっ! 店の真前で酔っ払いか痴話喧嘩かと思って見れば甥っ子とその友達。近くにいたパトカーまできてどうなるかと思ったわ! 私が出ていかなきゃパトカーに乗ってたぞ、お前ら!」


「店閉めたぜ。まだやってんのかよ……」


「先帰ってろ! この馬鹿やって終電逃したのを全員送ってくるから。お前らは家に連絡入れて出たら貸せ。つかさ、お前は今日の分と合わせてしばらくはタダ働きを覚悟しろよ」


 思ったよりかなりの大事になってしまった……。

 高木たかぎくんとの掴み合いから二人して派手に倒れて、そのあと止められるのも聞かず言い合いして。

 花火大会だったからか近くにいたのだろうパトカーがすぐに飛んできて事情を聞かれ、気づいた伯母さんが出てきてくれなかったら全員補導されていただろう。


 夏休み中の補導なんて学校に知れればただでは済まない。停学はもちろん、最悪の場合は退学もあっただろう。

 それも僕たちだけなら自分のせいで済むけど、巻き込まれただけの彼女とクラスメイトにも迷惑をかけるところだったなんて、落ち着いてみれば愚かな行為でしかなかった。


 やっぱり後先を考えないで行動してはダメだ。

 たまたま伯母さんに助けられただけで、こうしてアスファルトの上に正座させられ、永遠と同じような説教をされているくらいで済んだのは運がよかった。

 グーで一人一回ずつ叩かれても仕方ない。

 従兄弟に「何やってんだよ」という目で見られても仕方ないのだ……。


「伯母さん怖いね。本当に親族?」

「うん、父親の姉で同じ一条いちじょうだから親族だよ」

「あーしらまでグーで殴られるとは思わなかった」

黒川くろかわさんまで巻き込んでごめん……」

「一条、それは違うよ。あっ、もしもし──」


 隣で伯母さんに言われたように家に電話していた黒川さんの家族が出たらしい。

 黒川さんは「ごめん」とこちらに手振りで示し、電話の向こうのパパかママと会話している。


 なんと言っているのか正直気にはなるが盗み聞きはよくないし、相手がパパだった場合……僕は彼氏としての責任を取らされるのではないだろうか。

 付き合ってますの挨拶もまだだというのに、この失態は後に響く気がする……。


「一条くん」

姫川ひめかわさん。電話は?」

「私が一番早かったみたい」


 近寄ってきた姫川さんは正座したままの僕の隣に屈んで話しかけてくるが、その手には電話をかけていたはずのスマホがない。

 伯母さんの方を見るとすでに姫川さんの親と話しているようで、僕のせいで帰りの電車がなくなったから送っていきますとだけ言っているようだ。


 僕のせいなのだから僕のせいだと言われるのは構わないが、伯母さんから僕たちへの事情聴取が一切ないのが気になる。

 果たして僕たちは一方的に怒られただけで許されたのだろうか?


「姫川さんにも大変なご迷惑をおかけしまして本当に申し訳ないです……」


「謝らないで、貴方だけのせいじゃないわ。それよりも送っていくって言ってもまあまあな距離よ。別に三人でタクシーで帰れば帰れないことはないのだけど」


「ダメだよ。それで済むならタクシーに他の人を乗せて行かせてないから。ここは大人しく伯母さんに従おう」


「……わかった。そうしましょう」


 呼んだ人ではなく近くにいた人に上手いことタクシーを譲り、自分が家まで送ると言うのだ。

 怒られた僕たちに勝手な真似はできない。

 元から約束していた手伝いの期間が長くなるので済むなら、それでいいと思って従うべきだ。


「ほら、次。座ってないで電話持ってこい!」

「は、はい!」

「そっちのお前も持ってこい!」

「……」


 そんなに声出したら向こうに聞こえるからなんて言いたくても言えないし、自分で座らせておいて座ってないでは理不尽だとも言えない。

 再び店の裏とはいえ大声で騒いでいて大丈夫なのかともだ……。


「……一条」

「高木くん。どうしたの?」

「言いたいこと言っていくらか楽になった。お前もか?」

「そうかも。本音だったんだと思う」


 吐き出した言葉が本音の分だけ、前と後で変化があるということなんだろう。

 お互いにあった感情は消えはしなくても落ち着き、言いあって少しは高木くんのことがわかった。

 つまり伯母さんに過去最高に怒られようと、あれは無駄ではなかったということだ。


「お前があんなことを言うとは思わなかった」

「僕も高木くんに本音があるなんて思わなかった」

「本音はあるだろ。何言ってんだ」

「……そうかな?」


 姫川さんに対しての気持ちがあるとはわかっても、僕に対しての本音があるとはわからなかった。

 スクールカーストの一軍でもままならないことがあり、そんな位置にいるからこそ自由が効かないなんて知りもしなかった。

 間違いなく僕が言ったからこそ、高木くんからも出た言葉のはずだ。


「駅までってわけにもいかないから各々の自宅までいくぞ。司と、高木? お前らが後ろに乗れ。黒川が真ん中な。早くしろ、夏休みの学生と違って明日も店があるんだからな」


「あの、どうしてあーしが真ん中なんでしょうか?」


「小さいからだ。姫川だとバックミラーが見えない。イチャイチャできる立場じゃないんだから黙って真ん中に乗れ」


 伯母さんの車に乗ったことはないが、前に三人乗れる珍しいやつだったな。

 まさかこんなふうにして乗ることになるなんて……僕は別に乗らなくてもいいのではないだろうか?


「僕はここから歩いて帰れるから無理に前に三人乗らなくてもいいんじゃない? 高木くんが助手席に乗って、」


「お前が歩いて帰っていいなら、わざわざいずみの方まで送っていくわけないだろ! 司、お前が一番最後だ。黙って言われた通りにしろ!」


「だからなんで?」


「こ、このイラつかせる感じは弟にそっくりだな……。勝手に歩いて帰ったら、二股からの相手の彼氏と喧嘩して補導されるところだったって報告するぞ。お前、そんなに死にたいのか?」


 間違いなく怒られるだろうがうちの親に限って死ぬだの殺すだのなんて言葉が出るわけはない。

 ……だが、ショックを受けた母親から従姉妹に伝わったりすればその限りではない。


 まして普段の素行の悪い黒川さんの名前が出れば雲行きはさらに怪しく、呼び出されてなんて甘くはなく、家まできてやられるかもしれない。


「……乗ります。みんな乗ろう」


「最初は司。次は高木。前二人は言いたい方からな。持ち時間は到着までの時間を割って、だいたい一人十五分くらいだな」


「それは?」


「事情聴取の順番だ。私には事情を聞く権利があるだろう。甥っ子の女関係とその相手たちの言い分を。正直に喋れよ。後日大変なことになりたくなければな!」


 僕にはこれ以上ない脅し文句であり、初めに僕というのも実に上手いやり口だ。

 現在、僕たちは伯母さんに逆らいにくい状況でもあるし。僕が最初に言わなかった大事なことが後の人からでるとよろしくない。


 そして僕が初めにベラベラと喋れば後の人たちは言うことが減り、言うことが減れば出てくるのは言う必要がないようなことになる。


 おそらく僕と高木くんとでほぼほぼ事情は出尽くすから、黒川さんと姫川さんは言う必要がないようなことを言うことになる。

 僕がわからないことを二人が言うのだとしたら、わからないままの方がいいことだってあるだろう。

 今日は本当にろくな日じゃないらしい……。

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