第22話 好きを探す ⑥

 バスというのは通勤通学の時間帯の顔ぶれは毎日だいたい同じで、雨の日とか天気が優れない日などに少し変わるくらいだ。

 黒川くろかわさんと部長とが顔見知りになったのは、そんな雨の日の朝のバスでだったらしい。


 その日は雨だからかいつもより利用者が多く、バス停の度に人が増えていき、あっという間に座れるところはなくなったのだろう。

 始発の駅から乗っている学生たちはずっと座れているが、あとから乗ってきた人たちはずっと座れず、そんな座れない人の中におばあちゃんがいたらしい。


 当然だが学生たちは学校の近くのバス停まで降りることはなく、通勤の人が降りても学生が乗り込んでくれば人数は変わらないか増えるだけで、おばあちゃんに席を譲る人もいなかったらしいのだ。


 黒川さんは始発から座らないでいて席を譲ることはできず、おばあちゃんの前にいた二人組に「席を譲って」と言ったらしい。

 その相手というのがいわゆる不良というような人たちで、素直に「うん」とは言わなかった。


 しかし黒川さんも引き下がることなく口論になり、そんな黒川さんと一緒だった男子がいたのだが、その男子は黒川さんにも相手にも「関係ない」と無視を決め込んだらしい。


 結局は黒川さんたちの反対側にいた部長が見かねておばあちゃんに席を譲り、席を譲らなかった二人に部長が席を譲らせ座ったたらしい。

 部長は雨の日は古傷が痛むと普段から言っていて、おそらくそれを利用して席を譲らせたのだろう……。

 

 そして黒川さんも部長も同じ学校前のバス停で降り、部長はスマートに譲らせられなかった黒川さんと、何もできなかった彼氏とに言うこともないのに小言を言ったらしい。

 性分だからと部長は言ったが明らかに余計なことであり、言われた方はさぞ気分が悪かっただろう。


 しかも話はこれで終わらず、部長はそのあともバスで顔を合わせる黒川さんに「彼氏はどうしたん?」と、いつからか姿が見えなくなった男子について聞いたらしいのだ。


 以来、黒川さんは部長が話しかけようと無視を決め込み、部長もようやく「悪いことしたかな」と思うようになり話しかけなかったらしいのだが。

 黒川さんが僕といるのを目撃して、話しかけずにはいられなかったということだった。


「──スマートにやれなかったのはあーしが悪い。でもね、そのあと! 彼氏はどうしたのかなんて聞かないでしょ普通。あの人にデリカシーとかないの!?」

 

「……わりと」


「一昨日も一条いちじょうを見つけたと思ったらなんかあの人いるし、絶対に関わりたくないから美咲みさきちゃんに呼んできてって頼んでも嫌だって言うし。結局あーしには気づきもしないし! そういう男ってササちゃんはどう思う」


「急に斜め後ろに話を振らないで。ごめんね。チャイムが鳴れば自分のクラスにいくと思うから」


 先にいくからと言い残した黒川さんは、自分のクラスにいくとかではなく僕の席に座っており。

 姫川ひめかわさんの方には座ってると先日のように怒られるからか、空いていても移動せず僕を立たせておくことにしたらしい。


「一条くん。おはよう」

「姫川さん。おはようございます」


 そこにちょうど登下してきた姫川さんは後ろの席の女の子と、不自然に立っている僕にだけ挨拶して自分の席に座り、「美咲ちゃんおはよう。今日も美人だね」と黒川さんに言われても反応しなかった。


 基本的に姫川さんは黒川さんをいないものとして扱い、たまに会話が成立する時もあるのだが概ね反応しないのだ。

 加えてこの日から黒川さんが頻繁に休み時間に現れるが姫川さんは無視を決め込み、それでも三回に一回くらいの頻度で「うるさいから」と強制的に退去させている。


◇◇◇


「今日も一緒に帰ろうぜー」


 直前に強制退去させられていたのだが、放課後になると帰り支度をし、特にそれを気にしたふうがない黒川さんが現れた。

 僕としては部長に頼まれたこと(ぷよぷよ)をすっかり忘れていて、そのまま帰ってもよかったのだが問題もあった。


 朝から部長に会ってしまっていたし、別れ際に「部活でな」と言われてしまってもいたし。

 昨日も部活に顔を出していないというのもあり、流石に毎日これはよくないなと思った。


 黒川さんのことも部長にだけは言ってしまったから、部活に出ないというのは彼女と遊んでいると言っているようなものでしかないとも思った。


 一番いいのは黒川さんも部活に出て終わってから一緒に帰ることなのだが、そういえば黒川さんが何部なのか僕は知らなかった。

 このあと何部なのかを知るのだが、聞かなければよかったと後悔している……。


「ごめん、今日は部活に出るよ。朝部長に会ってるし」

「……部活とかのじ──」

「ストップ! ここで公言することではないからね!?」


 放課後になったばかりでクラスには大勢残っているのに、「彼女と部活どっちが大事なの?」なんて言われてはたまったものではなく、僕は黒川さんの口を手でとっさに塞いで情報漏洩を防いだ。


 どこまで彼女ができたと言うべきなのかわからぬままでも、クラス全体に公言することではないのはわかったからだ。

 直接言わずとも気づかれたりするのだが、それはそれということで。


「黒川さんも部活に出る選択肢はないの、というか黒川さん何部? 一度も部活にいく姿を見てないけど?」

 

「調理部」


「「──調理部!?」」


 思わず声に出して反応してしまった僕とハモったのは友人A。

 聞き耳を立てていたのか偶然だったのかはわからないが、調理部と聞いて共通の思い当たることがあるのは確かで、同じような反応をしてもおかしくない。


「活動は火曜と木曜の週二回だけど今なんか、これは言っちゃダメなんだった。生徒会長じゃなくて部長が、」


「「──生徒会長!?」」


「……さっきからなに? 調理部に何かあるの?」


「ない、ないよ。何もない! 少し意外だっただけ! 部活が休みなのはわかったから、今日はeスポーツを体験しにきてよ。部長には余計なこと言わせないから!」


「いやだって、ちょっと!」


 あるけどないと答えるしかなく、再びハモった友人Aがいそいそと教室を出ていったのを見て、僕も早く部活にいこうと思った。

 これ以上の噂をしたら本人が現れそうな気がしたから……。

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