第9話 きっかけ ③

 僕が姫川ひめかわさんに告白すると友人Dに宣言した翌日。

 昼休みにいつもの場所に昼食を持っていくと、彼女なしの友人Dだけでなく、彼女持ちの友人A、B、Cも何故だかいつもの場所に勢揃いしていた。


 僕は久しぶりに昼に顔を合わせた友人AからCに「彼女とお昼はどうしたの?」と聞いたが、「話がある。が、まずは飯だ」と友人Bが場を仕切り、その指示に全員が従い黙々と昼食を食べた。


「よし、全員食べ終わったな。昼休みは残り四十分ほどだ。ふぅ……──まず、何をどうしたら姫川に告白することになるのか説明しろ!」


 スマホの時計ではなく腕時計で時間を確認した友人Bが、急に立ち上がったかと思ったらこちらに手を伸ばし掴みかかってきた。


 僕はシャツを両手で掴まれ、ぐわんぐわんと前後に揺さぶられた。

 空手部で体格のいい友人Bの力はすごく強く、食べたものを吐くかと思ったほどだった……。


「──急になに!? ちょ、やめっ──」

「おい、気持ちはわかるが落ち着けよ」

「気持ちがわかる!? こっちは何もわからないんだけど!?」


 友人Cがすぐに止めに入ってくれたが、友人Cが言っていることもわからなければ、友人Bにぐわんぐわんされている理由も僕にはわからなかった。


 急に取り乱した友人Bは「すまない……」と言って掴んでいた手を離したが、「一条いちじょう、説明しろ」と繰り返して言うのでそこは本気らしく、それは残りの全員の総意でもあるようだった。

 まるで「彼女できました」宣言をした友人たちと、立ち位置が逆になったのかと錯覚した。


「いったい何なんだ? 自分も彼女がほしいから、最も仲が良い姫川さんに告白する。こう言うしかないんだけど」


 これまで「姫川さんが好きだ」とか「姫川さんが気になる」とか、そんな話は一度もしたことはないし。

 本当は姫川さんを特別好きというわけでもないのだから、正直に言うなら「彼女がほしいから」と言うしかない。


 これを僕から直接聞いた友人たちが驚いた顔をしているのは理解できた。

 だけど、「ほらね。言った通りでしょう?」という顔をしている友人Dがどうにも気になった。


「い、一条くん。君は何をもって自分は姫川さんと仲がいいと?」

「何をって。席隣だしよく喋るし。仲良いでしょ?」

「うん。席は隣だし休み時間によく喋っているね」

「そうだろう」

「うん。主に授業のことについてね」


 同じクラスの友人Aが言っていることもよくわからなかった。

 確かに姫川さんとの会話は主にその内容だが、毎日の挨拶と授業の前後の会話時間を足して女の子では一番会話時間が長く、下手すると日によっては友人たちより会話しているだろう。


 この女の子と仲が良くないわけはないし、付き合ってほしいと告白したとしてもおかしくもない。

 ……などと、思っているのは僕だけだったらしい。


「言ったでござろう。一条殿はマジだと!」

「オマっ、マジか……。それで姫川に告白するのか」

「本当にしでかす前に集まってよかったな……」


 呆れ顔というのはこういう顔のことを指すのだろうと思わせる顔を全員からされ。

 ぐわんぐわんされて立ったままだったからか友人Aに腕を引っ張られて、無理矢理に椅子に座らされた。


「いいかね一条くん。姫川さんっていうのは高嶺の花だ。見えてはいても決して手が届かない存在なんだ。姫川さんは誰にでも優しいから君にだけ特別じゃない。わかるね?」


 そして何か諭すように語り出した友人Aに、「何を言ってるんだ。こいつは」と内心思った。

 だけど友人たちは全員が、友人Aの言葉にこれでもかというくらいに深く頷いていた。


「授業の話も一条くんが成績上位で、たまたま席が隣だからしているんだ。わかるね?」

「……わからない。さっきから何を言ってるの?」

「んーーっ……」


 友人Aはすごく困った顔をして残りの友人たちの方を見た。

 だが、やはり残る友人たちも同じような顔をしていて、訳がわからない僕だけが友人たちから取り残された。


 そして少しの間、全員が沈黙してしまったが友人Cが立ち上がって、友人Aと位置を代わり僕の真横にやってきた。


「仕方ねぇ、オレに任せろ。なぁ一条よ。姫川はオレらとは違い高校課程からの外進にも関わらず、すでに学校一のモテ女だ。そのモテ女に告白したヤツは四月からで二桁いってるし、告白して玉砕しているヤロウは現在進行形で数が増えてる。だから姫川はやめとけ。オマエには無理だ」


「……なんで?」


「なんで!? ろくに接点もないヤツが告白してもムダだって言ってんだろ。席が隣なのも休み時間の会話も、接点にはならないって言ってんの!」


 友人Cに「いや、それが接点でなくて何なんだよ」と返したところで、この日の姫川さんに告白する件は終わりを迎えた。

 友人たちが言っていることがまったくわからないし、こちらからの言葉もろくに通じないでは、あっという間に昼休みなんて終わってしまったのだ。


◇◇◇


「──今日もみんないるだと?」


 その翌日。昼休みにいつもの場所にいくと、また友人たちが勢揃いしていた。

 それどころか友人たちはこのあとも連日現れ、僕の姫川さんへの告白を阻止しようとしだした。


 僕は迫るテストに向けて昼休みも勉強をしようと考えていたのに、昼休み中はここに拘束されろくに勉強ができなかったんだ……。


「──やめとけって。イケメンが無理なんだ。告白なんて成功しねぇって」

「前がどうであれ同じ結果とは限らない」


 友人Cは「やめとけ」を繰り返し、姫川さんに告白し惨敗した方々の情報を毎日入手してきては、とても面白そうに語ってきた。

 学年のごとのイケメンだという方々や、運動部のイケメンの方々や、あれやこれやの方々だ。


「──姫川さんの他にいい人はいないのか?」

「なんなんだ。お父さんか」


 友人Bは姫川さんではない女の子はいないのかと毎日繰り返し、お見合いをさせたがる親のようになっていった。

 わざわざ彼女から彼氏がいない女の子を紹介してもらい、それをこちらに「どうだ?」と聞いてくる。

 すでに姫川さんに告白すると決めているのだから、何と言われようと無駄だと言っているのにだ。


「二次元に──」

「──いかない。そろそろ勉強した方がいいよ?」


 毎日大量の漫画やゲームを持ってきてはすすめてくる友人Dには、間近に迫る現実を毎回教えてやった。

 テストで平均点は取らないとズルズルいくのが進学校だ。ましてや外部進学者も増えたし、授業はハイペースだし、期末試験は科目も多い。

 それなのに漫画読んでゲームしていては、平均点は間違いなく下がるだろうからだ。


「一条くん。ここを教えてくれないかい?」

「いいよ。間違いなくテストに出るからいい復習になるし」


 初日以降、日に日に告白阻止を諦めていっていた友人Aだけは、最後の方は昼休みも真面目に勉強しているようだった。

 苦手なところを友人Aが聞きにきて、それを教えることで自分は復習になり、少しは拘束される昼休みが有意義になった。


「ダメだ。一条のメンタルが強ぇ……」

「他の女子にはまったくなびかないしな……」

「二次元にもなびかない……」

「もう諦めよう。何言っても無駄だから勉強しようぜ」


 期末試験の開始がいよいよ翌日に迫り、昼休みだけ毎日絡まれ続けたわけだが、ようやく友人たちが音を上げた。

 部活動はすでに休みになっていて放課後は思い思いに過ごしていたから、こうやって全員揃うのは昼休みだけだし、明日からはテストのみの授業となるから昼休みは存在しない。


「テスト前ギリギリになったがようやく仕上がった。これを読めば僕が姫川さんに無策ではないことを理解できるだろう。読んでみろ」


 つまりこの日が姫川さんに告白する前に、友人たちが揃う最後の日だった。

 だからというか、安心させるためというか、連絡先も知らない姫川さんに告白するために、時間をかけて用意したものを全員に公開した。


「「「「……これは?」」」」


「いわゆるラブレターだ。正書はこれからする」


「「「「(──ごくり)」」」」


 古典的な方法だが思いの丈を綴った手紙を。俗に言うラブレターを僕は用意した。

 パソコンで書いたそれを学校にくる前にコンビニでコピーしてきた。

 振られるていの友人たちに見せるためと、正書するための見本として使用するためにだ。


「「「「………………。」」」」


 ラブレターを読み進める間、ずっと友人たちは一言も喋らず、一枚読み終えるごとに呆れ顔だったのが無表情になっていった。


「これはこっ酷く振られるな……」

「ああ、二枚目からヒドいな……」

「一条らしいと言って……誤魔化せないな。これは」

「一条殿は勇者か何かでありますか?」


 ──と、最後はラブレターの感想を一人ずつ述べて、残念なものを見る目をして友人たちは去っていった……。

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