第10話 きっかけ ④
そして、僕たちの始まりのその日がやってきた。
僕は期末試験の期間中を避け、期末試験が終わった次の日の朝に、正書したラブレターを
いつもよりずっと早い電車で学校にきて、朝一で男女で分かれている女子側の下駄箱にいき、姫川さんの下駄箱にラブレターを入れた(つもりだった)。
登校してきた姫川さんを見てドキドキしたり、授業中も内心そわそわしたり、昼休みもまた集まっていた友人たちと過ごしたり、午後の授業もドキドキしたりそわそわしたりして一日を過ごした。
しかし、一日を通して姫川さんに特に変わった様子はなく、さっそく戻ってきたテストについて話したり、次はどの教科のテストが返ってくるかとか話したり、いつもと何ら変わらない一日だったんだ……。
「じゃあね、
「うん。また明日……」
その日の授業が終わった放課後の教室で、部活に行くのだろう姫川さんが帰り支度をし、普段通りに教室を出ていってしまったのを見て僕の頭の中は混乱を極めた。
しばらく顔を出していないから自分も部活に顔を出さないといけないと頭の中に浮かんできても、ラブレターのことで頭の中はいっぱいで、そんなことはどうでもよくなってしまった。
(──ど、どういうことだ!? 間違いなくラブレターは入れた。もしかしてまだ読んでないのか!? あえて下駄箱に入れたのは失敗だったのか。机に入れるとか、直接渡すとかの方がよかったのか!?)
告白について調べた際のラブレターという手段と一緒に目についた、ラブレターを出すやり方を僕はそのまま実行したわけだが。
ラブレターなど書いたこともなければもらったこともなく、どちらともの体験が欠如していて正解がわかっていなかった。
てっきり返事というのはすぐに返ってくるのだと思ってたんだ。
それこそ採点されたテストのように……。
「一条、今日はまだ帰らないのか?」
「……あっ、
「いつもならもう教室にはいないから気になってな」
陸上部の高木くんと運動部の人たちは放課後しばらく教室で喋り、それから部活に行くのが普段の流れで、この日の行動がおかしかったのは僕の方だ。
何もなく教室に残っているクラスメイトがいたら、「どうかした?」と僕も声をかけるだろう。
部活なら部活。勉強なら専用の自習室があり、いつまでも教室にいるメリットはないのだから。
「ちょ、ちょっとね……。高木くんはこれから部活?」
「あぁ、俺たちスポーツ推薦組はそっちで結果出さないといけないからな。テスト明けも夏休みも関係ない感じだ」
「それはみんな一緒かな。夏休みとは言っても実質二週間あるかないかくらいだからね。任意補習は半日授業だけどって、高木くんたち運動部に加えて授業出るって大変だね」
僕はラブレターのことで頭がいっぱいで、高木くんから話しかけてくるのが珍しいことだともこの時は思わなかった。
僕は期末試験から一週間後には夏休みとなるから、今年からこの学校に通う高木くんたちに夏休みの期間のことを話したりした。
任意補習はこなくてもいいのかとか。夏休みは何したいだとか。遊びに行くならどこがいいかとか。
話は最初の会話から少しずつ逸れていき、話は血相を変えた友人Dが教室に飛び込んでくるまで続いた。
「一条殿、すごく探したのですが!?」
「?」
僕は会話に夢中でスマホを当然ながら見ておらず、友人DはLINEしても既読すらつかない僕を直接探しにきたのだろう。
そして、あまり得意ではないはずの高木くんたちがいるにも関わらず友人Dは喋るが要領を得ず、教室内にあった会話の空気が途切れたからか、高木くんたちは部活へと向かっていった。
「一条殿なにしたの!? バカなの!? 死ぬの!?」
こんなふうに友人Dは要領をまるで得ず、なんとか、どうにか解読し理解できたのは「呼ばれているから体育館の裏に行け」というものだった。
これが何もない状況でのことなら意味がわからなかっただろうが、僕はそれにピンときた。
呼び出される心当たりがちょうどあったからだ。
やはりラブレターは読まれていたんだと思ったんだ。
(──あえて顔にも態度にも出さず、直接何も言うこともせず、人伝に呼び出して返事を言うなんて姫川さんは乙女だな。もしかすると向こうも今日一日ドキドキしてそわそわしていたのだろうか。そうだったらラブレターを一生懸命書いたかいがあった)
僕はこんなことを思いながら体育館の裏へと向かった。
そこには姫川さんが待っているはずだと、ラブレターの返事ないし直接お付き合いしてほしいと言うチャンスだと、自分がした失敗に気づかぬままで体育館の裏へと到着する。
(──姫川さんはどこだろう?)
体育館の裏になんてこの日始めて行った。
アスファルトではなく砂利が敷かれていて、建物の陰になっているから薄暗く人目につかない場所。
まさにうってつけの場所で
「ふーん、キミが
壁に寄りかかって僕を待っていたのは、大和撫子な印象の姫川さんとは真逆の印象の女の子。
女の子は百四十センチあるかないかくらいの身長なのに、派手な見た目からか怖いとさえ感じる印象の女の子だった。
彼女が高等部の制服を着ているから同じ学校の生徒であると、見た目は中等部でもあやしいのに同じ学年の色のリボンをつけているから同学年なんだと僕は気づき。
彼女に見覚えがまったくなかったから(この日まで)、姫川さんや高木くんと同じ高等部からの外部進学者であると気づいた。
「あーし、
「あーし? にゃん? ……姫川さんは?」
姫川さんではなく僕を待っていたのは黒川さん。僕はこの日、この時、初めて彼女に会った。
そして、この時の黒川さんはとてもとても楽しそうで、とびっきりの笑みを浮かべていた。
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