七笑 完

 オヤジさんの改め、僕の前掛けは前掛け専門店のような店に送られ、数日後に戻ってきた。

早速、届いた前掛けを広げてみる。

「いい感じ!」

 直してもらったのだから当然と言えば当然だが、新品のようにとはいかないが綺麗になっている。穴を修繕した跡もこれはこれで味があっていい。

 腰に巻いて配達に行く前の天音に見せてみた。

「どうですかね? 似合ってます?」

「まだまだ着せられている感があるな。精進しろよ」

「頑張ります!」

「じゃあ、配達行ってくる。今日も、店番よろしく」

「事故に気を付けて~」

「おう!」

握った拳を掲げた彼女は、そのまま配達へと繰り出していった。

それを見届けると、次に僕は今まで使っていたエプロンをまじまじと眺める。

シンプルなエプロン。ここに来た日に天音から貰ってから、毎日毎日休むことなく僕のそばにあった。それだけで愛着のような物が浮かんでくる。

「今までありがとう。たまには、使うからその時またよろしくね」

とりあえず今は丁寧に畳んで置く。あとで洗ってアイロンもしてあげたい。

チーンとベルが鳴る。

心機一転した僕の最初のお客さんは誰だろう?

そう思って、「いらっしゃいませ」と挨拶をしながら入り口を見る。

「こんにちは、大輔君」

 ゆっくりとした足取りで、穏やかな表情を浮かべたおばあさんが店に来た。

このおばあさんは、僕がここに来て初めて相手をしたお客さん、三田百合だ。

新しくなった僕の最初の相手にこれほどふさわしい人は他にいないだろう。

「こんにちは、今日は何を?」

「いつものお願いね」

「分かりました!」

 目をつぶってでも分かる道のりを進み、黄色い箱を肩にのせる。

「これで間違いないですよね?」

 念のためにと持って来たクリアアサヒを百合に見せる。

「ええ、間違いないわ」

「それじゃあ、包みますね」

「お願いするわ」

 お供えのための熨斗と包装紙を準備していると

「あら、そういえば大輔君、何か変わったと思ったら前掛けにしたのね」

「そうなんですよ!」

 気づいてもらえたのが嬉しくて、思わず飛びついてしまう。

いけない、いけない、これじゃあ包装が雑になる。集中しないと!

手早く準備を終えて、百合のもとへと持っていく。

「一時間くらい後なら、持っていけますけどどうします?」

「なら、それまで待たせてもらうわね」

「はーい」

 他にお客さんもいないことだしと思い、百合に椅子を用意して僕のその隣に座ろうとしていると

「『七笑』って言葉大輔君にお似合いね」

「どういうことです?」

「七個の笑いがある。つまりは沢山の笑顔があるってことでしょ? 頑張って私やお客さんを笑顔にしようとしてくれるあなたにピッタリな言葉だと思うのよ」

「まだまだ僕には荷が重いですよ」

「なら、頑張らないとね」

「はい!」

 

 七笑、七個の笑い。つまりは沢山の笑顔。

今の僕じゃまだ7個も笑顔を作れていないと思う。

ちょっと前の僕なら7個全部作りたいと欲張っていたかもしれない。

でも、もう欲張らない。

7個とまではいかなくてもいい、1個、2個、3個と少しでも多くの笑顔を作れる店員であれたらいいなと思う。

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