七笑 ③
「で、前掛けをする理由だったよな?」
ボケはスルーしても、疑問には答えてくれるようだ。
「はい、なんで酒屋は今でも前掛けするんですかね? ちょっと古臭い感じするし、僕みたいにエプロンでも大丈夫だと思うんだけどなぁ」
「じゃあ、その前掛け試しに腰に巻いてみろよ」
生まれてこの方、前掛けを身に着けたことが一度もない。付け方は毎日のように見ているから大丈夫。少し緊張しながら、腰に巻き付ける。骨盤のあたりにキューっと。
「結び方は蝶結びでいいですかね?」
「それでもいいけど、ちょっと貸してみ」
彼女は僕の前掛けの腰紐の片方を横方向に段々と畳み込んでいく。そして、もう一方の紐を縦方向にクルクルと巻き付けていく。
「十字結びだったかな。これの方がしっかりして見えるよ」
腰にしっかりと前掛けが、何だか腰を支えているような感覚を覚える。
「どうだ? 腰が支えられている感じがするだろ?」
「はい、いつもよりも安定している感じがします」
「それが、理由の一つさ。前掛けをしていると腰が守れるんだ。重い荷物を運ぶのが日常の仕事だから、他の仕事よりも重宝されるのさ」
「他にも理由があるんですよね?」
「二つ目は、広告になるってことだな。お前がしている前掛けみたいに酒の名前を書いておけば、それだけで客にその酒の名前を知ってもらうことが出来る。他にも、私の前掛けのように店の名前を書けば、より店の名前を印象付けられる。人って単純だから何度も見ると親しみを覚えやすくなるから常連獲得にも一役買っているのかもな」
「あの…これって誰かにあげるつもりあります?」
「どうしてだ?」
「えーっと…」
「今からのお前の回答次第だな」
「僕もだいぶ仕事が出来るようになってきましたし、エプロンじゃなくて前掛けデビューダメですかね?」
自分で、仕事が出来るようになったというのは少し気恥ずかしいが、この前天音が自分を認めていると言ってくれていたし…いいよね?
「そのままじゃダメだ」
「そっか…」
まだ、僕の成長が足りないと言われてしまう。まぁ、仕方ないかな…まだまだ未熟だし
でも、前掛けしたかったなぁ。
「はぁ」と軽くため息をつくと
「なんか勘違いしてないか?」
「えっ?」
「そんな汚い前掛けで客の前に出せないって言っているんだよ。修理してくれる店があるからそこに頼んで、穴塞いで、紐変えて貰ってからなら使っていいぞ」
日本語って難しいね。
「ありがとうございます!」
「客から一人前として見られることになると思うから、もっと頑張れよ」
「は~い」
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