キリン秋味 完

 時は少し遡る。

大輔が炎天下の中、一人荷物と格闘している頃。

「たまき来ていたのか」

 私(中町たまき)が、外で頑張っているお兄さんを眺めていると横から声をかけられた。

「天音さん、おはようございます」

 声の主はこの店の店主、大沢天音さん。

「おはよう。それにしてもよくもまぁ、酒も買えないのに毎日のように店に来るよな」

「暇ですからね~」

「夏休みの宿題は終わったのか?」

「うっ……」

 実はまだ、一ミリも手を付けていない。受験が控えている中学三年生は自分の勉強を優先できるように宿題が少なめになっている。だから、そのうちやろうと思って後回しにし続けてきた。

「せめて、宿題くらいは終わらせてから来いよ」

「わ、分かっていますよ!」

 やる気が出さえすれば、一日で終わらせることもできるんだから! たぶん…

「ならいいさ。ところでだが、一つ頼み事いいか?」

 天音が頼み事なんて珍しい。子ども扱いしてくるこの人は私に頼み事なんてしないと思っていた。

「簡単なことなら」

「あと少ししたら、大輔に休憩するように言ってくれ」

 別に構わないが……… どうしてか違和感を覚える。

「そんな事なら、自分で言ったらいいんじゃないですか?」

「いや、そうなんだが…頼めるか?」

「分かりましたよ」

「なら、頼んだ」

 天音はそそくさと母屋の方へと引っ込んでいった。


 またしばらくして、天音が戻ってきた。

「天音さん、伝えましたよ~ それで、次はお兄さんから伝言です」

「ああ、ありがと。それで、伝言はなんだ?」

「秋ビールはどこに置くつもり? か聞いてほしいそうです」

「それなら、その棚が開いているだろ。その棚の付近に頼む」

「また伝言ですか?」

「頼む」

 違和感は間違いないようだ。いつもなら、大声で命令しているのに、今日はわざわざ私を使って伝言する。二人に何かがあったんだ。きっとそうだ。

「天音さん、何かあったんですか?」

「あっ?」

「何かあったんですよね? だから、わざわざ回りくどいことしている」

「何もねぇよ」

「嘘だ~」

「これで、話は終わりだ」

 逃げようとする天音に私は、鎌をかける。

「天音さんが悩んでいるってお兄さんに言っちゃいますよ~ それが嫌なら、何があったか白状してください」

「うっ……」

 いつも上からくる人を悩ませるの楽しい~

さぁ、天音さんはどうするかな~

「分かった! 話す! だから、大輔には…」

「私も鬼じゃないですからね。分かっていますよ。それで?」

「いや、何があったってわけじゃないんだが… 最近大輔が悩んでいるみたいなんだ。

それで、相談に乗ってやりたいんだが… どうも上手くいかなくてな」

「なーんだ。そんな事ですか~」

「悪かったな」

「天音さんはどーんと構えてればいいんですよ。頼りたくなったら、お兄さんの方から来てくれますよ」

「そんなもんかな」

「そういうもんですよ」

「そっか…ありがとうな」

「いえいえ。じゃあ、伝言はなしでいいですよね?」

「いや、それは頼む」

 そういうと私の返答も聞かずに天音は、母屋の方へ行ってしまった。

「はぁ~、私は伝言板じゃないんだよね~」

 この時にたまった鬱憤がのちに、大輔へと降りかかったのだ。

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