沢の鶴 X02 ④
ワンカップお兄さんがギネスビールを買いに来た時に、先んじてお兄さんに会わないように手を打っていた。「面倒くさくなるから会いたくない」と言っていたはずだが、その時は単に僕から聞いたお兄さんの様子から、会うと面倒になると感じ、嫌だと言っているんだと思っていた。でも、二人の様子から理解した。もともと知り合いだったのだ。
「大沢先輩の家だったんですね~ あっ、そういえば「酒の大沢」ですもんね。考えれば分かったのにな~」
すごく嬉しそうな顔で天音にすり寄っていくお兄さん。
お兄さんがどんどんすり寄ろうとするが、天音とお兄さんの距離は一向に縮まらない。
なぜなら、お兄さんが一歩近づくたびに天音が一歩遠のいていくから。
でも、店の広さ的に逃げ場は… ほら言わんこっちゃない。
とうとう天音が角に追い詰められてしまう。それなりに体格のいいお兄さんが前で通せん坊しているので、どうやっても彼女は逃げられそうにない。
チラチラと彼女から助けを求める視線が僕の方に来るが、こんな天音二度と見られない気がして伝わっていないふりをし続ける。
「先輩~ 本当に久しぶりですね! 何年ぶりかな~」
自分を嫌がっていると分からないのか、嬉しそうに話し出すお兄さん。
「お、おう…何年ぶりかな」
たじたじと答える天音。得意のはずの愛想笑いが引きつっている。
そろそろ助けたほうがいいかもな。
「堀田さん、天音さんと知り合いだったんですね」
話しかけて注意を僕に向ける。
「ああ、小学校の時から尊敬しているんだ」
僕に気を取られて、ガードが甘くなる。そのすきを逃さず天音は抜け出し、僕の後ろまで逃げてくる。
「えっ! 同じ小学校だったんです?」
「うん、そうだよ。大沢先輩、凄くカッコいい先輩だったんだよ! 色々エピソードがあるんだけど…聞きたい? 聞きたいよね?」
「聞いてみた————」
「おい、堀田言うなよ。絶対に言うなよ」
弱気だった天音が強く制止しだす。
「えっ~、大沢先輩の雄姿を語らないと!」
余程のことがあったのか、お兄さんは天音に尊敬のまなざしを送っている。
ゴクリ、気になる…
「教えて下さい!」
「ああ、あれは—————」
僕が食いつき、お兄さんが話し出そうとするとゴツーンと拳が二人の頭に降り注ぐ。
そして、どすの効いた声で
「いい加減にしろ」
と天音が言う。
あまりの怖さに、二人とも大人しく「はい」と言わざるを得なかった。
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