沢の鶴 X02 ⑤

 重くなった空気をどうにかしようと、僕は別の話を始める。

「堀田さん、相談がまだでしたよね?」

 面倒だと後に回していたのが、ここで効いてきた。

「ああ、そ、そうだね。そういえばそうだった」

 お兄さんはまだ動揺しっぱなしだが、たぶんすぐ戻るだろう。

「じゃあ、私は昼飯に戻ろうかな」

 天音がここから去ろうとしていると

「待ってください! 先輩にも相談したいんです!」

 調子を戻したお兄さんが頼み込む。

必死に、何度も何度も頭を下げて頼む。そのかいあってか、天音は嫌そうな顔をしながらではあったが、この場に残ってくれた。

「堀田さんお願いしてもいいですか?」

「うん。それじゃあ、早速。相談の内容なんだが、どうすれば自分を上手く相手に伝えられるのかな?」

 さっきまでの楽し気な様子から一転深刻な顔で尋ねてきた。

「どういうことです?」

「ああ、ごめん。色々かいつまんでしまったね。大輔君に言った通り、つい最近までリゾートバイト、要は民宿のバイトをしていたんだけど… そこの店主の人に言われたんだ。『君の良さは長く一緒にいないと分からないね~ 最初はえらい外れだったって思っていたんだけど、段々と慣れてきたら採用してよかったって思えたんだ』ってね」

「うん?」

 話の意図が読めずに首を傾げていると、お兄さんは自虐気味に笑い

「要はさ、最初は僕の評価が最悪だってことだよね。一発しかない面接でそれじゃあ、何回やっても受からないわけだ…」

 そこまで言われて意味が分かった。慣れないと、この人の良さが分からないのは僕にも分かる。現に最初は僕も苦手な感じがした。でも、試験の面接ではそんなこと言っていられない。試験官は、日によって変わる。相手に慣れてもらうのはどうやっても無理なのだ。

「そんなことないって自分で奮い立たせているんだけどね… 結構辛くてね。だから、面接のコツとか教えてもらえないかって思ってここに来たんですが… お願いします。僕に力を貸してください。大輔君、大沢先輩お願いします。お願いします!」

 永遠とお願いしますを続けるお兄さん。

そんな姿に心打たれ、天音に視線を送ると彼女は小さくため息をつく。

そして、奥へと歩いていく。

「ダメか…」

 お兄さんはその姿に明らかに残念がるが、そうじゃない。これはたぶん…

 やはりと言うべきかすぐに天音は戻ってきた。

右手には白色のボトルが握られている。

そして、先ほどと同じ場所に戻ってくると口を開く。

「堀田、お前携帯電話持ってるか?」

「「えっ!」」

 二人の驚き声が重なった。


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