クリアアサヒ Ⅱ ④
「クリアアサヒか……」
僕は来た道を引き返しながらぶつぶつと独り言を言っていた。
クリアアサヒは僕にとって、一番印象的なお酒だ。
僕がこの町に来て初めて触れたお酒。
僕が酒屋で働き始めて初めて売ったお酒。
今まで沢山のお酒を売ったが今でも一番印象深いのはクリアアサヒだ。
「なんで僕はあそこで働こうと思ったのかな……」
始まりは母親と天音の陰謀によるもの。
でも、いつの間にか僕自身が働きたいと思うようになっていたのだ。
そのきっかけは何だったのだろうか?
早足で店に帰る。
ガラガラガラガラ
と店のシャッターを開けて中に入る。
静まり返った「酒の大沢」
店の中を見回していく。
まずは、ビールの棚
「クリアアサヒ」
百合さんの寂しい笑顔。
次はワイン。
「モエ・ド・シャンドン」
ゆうき君の大冒険。
「ワンカップ大関」
ワンカップお兄さんの悲痛な叫び。
「紹興酒『凍牌』」
天音の過去。
「竹鶴ピュアモルト」
僕が—————
「そっか、あの時か……」
夢がないこと。
それに気づいて、たくさん悩んだ。
でも、悩んだ末にここでならきっと「夢」が見つかると思った。
だから、ここで働こうと思ったのだ。
「いつの間にか忘れていたな……」
忘れないように心に刻み込んでいたはずなのに、色々なことで上書きされて頭から消えてしまっていた。新しい何かを得て、何かを忘れてしまっていたのだ。
もう一度、心に記した言葉たちを読み返す。
数々のかけがえのない言葉たち。
どれも、大事な大事な思い出。
「あっ……」
振り返ってみて思い出した。
初めて僕がお酒ってすごいなと思ったときに言われた言葉。
その時はすばらしい面しか見れていなかった。
でも、そうじゃない所も最初から教えてくれていたじゃないか。
初めて天音に会った日の言葉。
「酒はな、ただの飲み物だけど、すごい力があるんだ。今回みたいに人を楽しませたり、喜ばせたり、逆に悲しませたり、狂わせたり。そんな不思議な力が酒にはあるんだ。今回のことで、それが知れて良かったな」
改めてこの言葉の意味を知る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます