贅沢搾り 完

 中町はポツリポツリとこぼし始める。

「お酒を買おうとしたのは、誰かに構ってほしかったから……。

両親が忙しくて家に帰ってこないから、家でずっと一人っきり。

友達もみんな受験に向けて塾通い。だから、私はずっと一人。

学校が終わると一人になってしまう。寂しい。寂しい。

親は忙しいから、迷惑をかけたくない。友達も頑張っているから迷惑かけられない。

だから、ずっと我慢していた。でも、我慢できなくなってきた。

誰かに構ってほしくて仕方が無くなった。寂しい。寂しい。その思いは募る、募る。

 そんな時、ふと思ったんです。悪い子になったら誰かが、友達が、先生が、親が構ってくれるようになるんじゃないかって。自分がいい子だから誰も構ってくれない。なら、悪い子になればいい」

 彼女の声音には寂しさが滲み出ている。

寂しい。寂しい。と痛いほど思いが伝わってくる。

「悪いことしようと思った。でも、万引きしたとか暴力をふるうとか、学校の窓ガラス割るとかは怖くて出来そうにない。もっと、簡単に悪いこと出来ないかって考えて。そんな時に、間抜けそうな若い店員しかいないこの店を思い出して、何も言わずにお酒が買えるんじゃないかって思ったんです」

 どうして間抜けに見えたのか問いただしたい気持ちをぐっとこらえて、消え入りそうな彼女の声を聴き続ける。

「お酒のごみが家にあったら、親が心配してくれる。一人にしておけないって思ってくれる。だから、家にある一番大人っぽい恰好をして、店に来てみた。来てみたはいいけど、間抜けだと思っていたお兄さんは売ってくれなくて……」

 中町の言葉がそこで途切れる。

ここから先は僕も知っていることだから、もう一度聞かなくてもいい。

 ここまで話してくれたのだ。

僕が話させたのだ。だから、何か言ってあげないと。

でも、言葉が見つからない。

「話してくれてありがとうな」

 僕が迷っていると天音が口を開く。

「寂しいのは分かった。でも、酒を売ることは出来ない。君が将来後悔するようなことになりかねない。だから、ごめんな」

「わ、分かっています」

「代わりにこれでも我慢してくれな」

 そういうと、緑色のキャップの炭酸飲料を中町に投げる。

それを受け取るのを確認すると、

「でも、君の寂しさを少しは解消できるかもしれない」

「「えっ!?」」

 天音の発言に僕と、中町の声が重なる。

「この店に遊びに来いよ。GWが明けたらたぶんまた店が暇になる。

そしたら、大輔は暇人だ。この店が開いている間は絶対にこいつがいる。間抜けな店員かもしれないけど暇つぶしの相手くらいにはなるはずだよ」

「間抜けな店員で悪かったですね!」

「大輔、今口を挟むなよ!」

 いつものようなやり取りを天音としていると、クスクスと笑う声が聞こえてくる。

「二人ともありがとうございます」

 中町は深々と頭を下げる。

「また来ます」

 最後に、もう一度深く頭を下げると、それ以上何も言わずに店から出ていった。


翌日———————

チーン

「いらっしゃいませ」

 

 入口に目をやるとショートボブをふわりとたなびかせる女の子。

「お兄さん、来ましたよ!」

 明るい笑顔で店に入ってきた。

「中町さん、来てくれたんだね」

「たまきでいいですよ」

 

 たまきは店に入ると僕の隣に来て、いろんなことを話し始めた。

今日学校であったこと。テストの点数が良かったこと。

昨日見た番組のこと。GWにしたいこと。

 たまきはもしかしたら、しゃべるのが好きなのかもしれない。

だから、話し相手くらいになってあげられたら良いと思う。


「お兄さん聞いていますか?」

「うん、聞いているよ」

「とこで、スクリュードライバーって何ですか?」

 いたずらな顔をして聞いてくる。

「あっ、いや~あれはね~」


「酒の大沢」がもっと賑やかになりそうだ。

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