キリン一番搾り ④

「天音さん、天音さん、天音さん、やばいです、やばいです!」

 電話を保留にして、天音のもとへ走り寄る。

「どうした?」

「やばいです、やばいです」

「だから、どうしたよ?」

「やばいんです」

「内容を話せ! すぐにだ」

「は、はい」

 

 今、置かれている状況を説明する。

 電話をかけてきたのは、お得様の宴会場が売りの料理店であった。

昔からずっと配達をしており、相当な量を買ってくれるお店なのだ。

この店は急な宴会が入ることが多く、こうして向こうから電話してくることがしばしば。で、そのお店から電話でこう言われたのだ。

「大きな宴会が入ったから、今すぐキリン一番搾りの20ℓの樽を4つ持ってきてほしい」

 もちろん、今の天音の状態も伝えた。

だが、先方は

「二時間以内に持ってこられないなら、他の店に頼むことにするけどいい?

ちょうどいい機会だから、そのままその店に配達をずっと頼むことにすると思うよ」

半ば脅しのような口調で言ってきたのだ。

 だから、焦って天音へ伝えに行ったのだ。


「分かった、電話くれ」

「はい……」

 念のためにと子機で電話を取っていたから、スムーズに渡すことが出来た。

緊張しながら、どうなるか待っていると電話が終わった様だ。

「どうなりました?」

「配達するしかないな。あそこにそっぽ向かれたらうちは潰れちまうし」

「でも、どうやって?」

 今の天音は動くことすらままならないのだ。

そんな状況でどうやってやるつもりなのか……

「うちには私以外にも、従業員がいる。だから、そいつに任せる」

「誰です?」

 尋ねると、彼女は指を僕の方へ向ける。

「お前だよ。大輔、お・ま・えだよ」

「む、無理ですよ~ 運転できませんし」

 配達はいつも軽トラックを使って行っている。

免許を持っていない僕が出来る仕事ではない。

「大丈夫だ。配達先は徒歩で15分だ。2時間もある。余裕だ」

「はい?」

「今から、台車に樽のせて四往復だ! 急げ!」

「はあああああああ———————?」

「叫んでいる暇があったら準備しろ!」

 先方へ持っていくと言った時点で、持っていく以外の選択肢はないのだ。

店の場所は大体把握しているから、行くのは問題ないのだが……

そこに行くまで坂とか下り道とか、大通りとかが沢山。

おまけにお店の入り口はやたらと長い階段をのぼった先にある。

それを、四往復。

朝から納品があったせいで、もうすでにクタクタなのだ。

そんな状況で四往復。

は、吐きそう~

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