木漏れ日のムシメガネ 完
「正解は、『若手が中心になって作った』だ」
「若いってどれくらい?」
「2、30代の若手社員たちが集まってプロジェクトを立ち上げたんだ。
そのプロジェクト名が『別鶴プロジェクト』って言うんだ」
「そもそもなんでそんなプロジェクトが出来たんです?」
「いい質問だ。このプロジェクトを立ち上げた理由は『若者の日本酒離れが激しい』からだ。焼酎とかウイスキーは何回かブームが起きて売り上げが上がっているが、日本酒にはそれがあまりない。一応、今がブームだと言われはしているが、ほとんどの人はそんなこと知らない。そのせいか、日本酒を飲む若い人がどんどん減ってきているんだ。だから、それを改善しようと別鶴プロジェクトは立ち上がったんだ」
確かに、うちのお店で日本酒の棚に向かう客層は他の棚に比べて高めだ。
うちのような小さな店でさえ顕著に表れているのだから、世の中ではもっと日本酒の飲み手の高齢化が進んでいるに違いない。
「若手だけで開発なんて出来るんです?」
「そうとう苦戦したらしい。でもな、開発をしたことが無いような若手たちが集まったからこそ『あたりまえ』をぶち壊した新しい日本酒が出来たんだ。それとパッケージのムシメガネにも深い意味がある。何か分かるか?」
「う、分かりません」
「『日本酒の新しい可能性を覗いてほしい』って意味が込められているんだそうだ。だから、少し酒の名前としては珍しい『ムシメガネ』なんて名前が付いているんだ」
へんてこな名前だなと思ったが、そんな思いが込められていたとは……
酒らしくない名前も、新しい酒ってことなら適しているのかもしれない。
「だいぶ、それたがそうやって日本酒離れを憂いて作られたって話をしてあげたら、喜んで買ってくれたのさ。もしかしたら、あの客も心のどこかで日本酒離れを憂いていたのかもしれないな」
「あのおじさんの娘さんも気に入ってくれるといいですね」
「ああ。もしかしたら新しい日本酒の飲み手になってくれるかもしれないな。そうなってくれたら売る側としても嬉しいことだな」
「はい!」
僕は今回の一件でふと思う。
『あたりまえ』
あまり実感はないが、世の中あたりまえが溢れかえっている。
勉強しないといけない。
学校に通わないといけない。
高校は三年で卒業する。
大学を卒業したら就職する。
平日は仕事する。
酒はこう造らないといけない。
みんなと同じようなやり方でやらないといけない。
でも、その当り前が新しい発見を邪魔しているんじゃないかって思う。
『木漏れ日のムシメガネ』はそんな当たり前を無くして誕生した。
そのおかげで若者にも飲みやすい日本酒になった。
僕も最近、皆の当たり前である高校に通うことを辞めた。
みんなが当たり前と思っているレールの上から脱線してしまったということだ。
みんなと違うはそれだけで怖い。
でも、そのおかげで同い年のみんなが出来ないような経験を詰めている。
この経験はきっと僕の人生でかけがえのないものになるに違いない。
「あたりまえ」が悪いなんて思わない。
ただ、自分があたりまえだと思っていることを一度、振り返ってみるのも面白いかもしれない。
そうすれば、きっと新しい世界が開けるはずだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます