紹興酒「凍牌」③
私(大沢天音)の夢は「笑顔を作れる料理人になる」というもの。
今思えば子供っぽい夢だなって思う。
だけど、少し前までの私は必死に夢を叶えようと足掻いていた。
夢の始まりは、小さなころに呼んだ漫画だか絵本だった気がする。
読んだのが昔過ぎて、タイトルや詳しい内容は覚えていないけど、その中に出てきた一つのシーンは目に焼き付いて離れない。
「店主が作った料理を食べて、沢山の人が笑顔になる」
そのシーンがすごく好きだった。
そして、いつの間にか自分でもそんな店を持ちたいと思うようになったんだ。
話は変わるが、私の母は、私が生まれてすぐに他界したらしい。
だから、兄弟も近しい親族もいない私にとって、家族は父だけ。
家族と言えるものは、たった一人だった。
父は仕事も家事もすべてを熟していた。どんなに遅く帰宅しても、嫌な顔一つせず、私の世話をしてくれた。休日には、いろんなところに連れて行ってくれていた。
でも、酒屋が飛ぶように忙しい夏や年末は、どうしても家事まで手が回らないことが多い。
そんな時は、近くに住んでいた姐さんが面倒を見てくれたんだ。
私の夢を知っているからか一緒にご飯を作ろうって、足手まといにしかならない私に色々教えてくれた。そのおかげで、小学校高学年になった辺りから、毎日ご飯を自分で作るようになっていた。
一人でご飯を作れるようになった辺りから、姐さんは忙しくなりつつあって、暫くすると町を出てしまった。
別れの時に「何か恩返しがしたい」って言ったら、
「私が頼った時に力になってくれ」って。
この時は、姐さんの言いたいことが難しくて分からなかったから、私に気を使ってこんな風に言ってくれているんだって思っていた。
小学校、中学校、高校って進学しても毎日ご飯は作り続けた。
そして、進路を決める時期が訪れる。
それなりに成績が良かったから進学も考えたけど、どうしても夢を叶えたくて、ひたすら面接を受けて、やっとのことで『有名な中華料理店』に就職出来た。
決まった時はすごく嬉しかったけど、就職はゴールじゃない。戦場への入り口。
そこは、戦場のような場所。
生半可な気持ちではすぐに潰されてしまう。
朝は始発、帰りは終電。それが当たり前。
仕込みが終わらなくて、店に泊まることも結構あった。
与えられる仕事は、盛り付け、皿洗い、食材補充、ゴミ捨て、買い出しなどと包丁すら触れない。まかない飯は冷めきった残り物。
休憩時間はやり残した仕事に追われ、まともに休む時間がない。
それでも、この店でのし上がれれば自分の店に箔が付く。って自分に言い聞かせてがむしゃらに足掻き続けた。
それから、二年間はあっという間だった。
二年も経つと、それなりの仕事を任せられるようになってきたんだ。
後輩も数人出来て、頼られる存在だったと思う。
だけど、そんな時からあることが気になり始める。
食材を触る前に必ずする『アルコール消毒』をすると手が痒くなりだした。
最初は気のせいだって思っていたけど、次第に痒さが増してくる。
手袋とかで誤魔化し、誤魔化し、何とか支障は出なかった。
そんな時、料理長から『新メニュー』のコンペに出ないかって誘われた。
早く昇進したい私は、もちろん参加した。でも、これが私の運の尽き。
考えたメニューは『海鮮春巻き』
いい食材を選ぼうと、店の食材を色々試した。
その時に、紹興酒も味見しようと思ったんだ。
そして、口に入れたら——————
息が出来なくなった。
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