紹興酒「凍牌」②

「また、しけたツラしやがって」

「痛い……」

 昼食を作りに戻ってきた天音は、顔を合わせた途端、僕にデコピンをかましてきた。

「そんなツラだと、客も逃げてくぞ」

 と言い残して、母屋の方へ下がっていった。


しけたツラか……


 この店に来る前の僕が、良く周りから言われた言葉だ。

 去年の十一月だったか、十二月から始まった不登校。

そうなる少し前から、家族に(主に母)よく言われてきた。

友達のようなものからも、言われたことがあった気もする。

 でも、いつからだろうか。

そんな風に言う人はいなくなった。

 多分、この店に来てから。

 主な元凶(母)と離れたということもあるだろうが、それだけではない気がする。

 部屋に閉じこもっていた僕と酒屋で働いている僕。

そんなにも違うものなのだろうか……


「大輔~ 昼飯!」


 天音の声が聞こえると、考えるのをやめ、店の入り口に『休憩中』の札をかけて母屋に向かう。


 今日の、昼食は天津飯。

 ふーふーと息をかけて冷ましながら食べていると

「大輔、お前なんかあったのか?」

 といつになく心配そうな声音で天音が問いかけてきた。

「何でも……ないです」

 正直に答えようかと思ったが、上手く口に出来るか分からなかったから誤魔化すことにする。

でも—————————

それは天音にはバレバレなようで、ガシッと肩を両手で掴まれる。

 彼女の視線は真っすぐに僕の目を見ている。

「今日の夜、話をしよう。なんだっていいぞ。お前の好きな話をしてくれ」

 そういうと、自分の分の天津飯を一気に食べきり、ウーロン茶を二杯飲んで店を出ていった。

 一体何を話せというのか……

 『僕は夢がない』と馬鹿正直に言えばいいのか?

それじゃあ上手く伝わらない気がする。

でも、どう伝えていいのか分からない……


 結局、午後の営業は全く身が入らなかった。

理由は簡単。夜に控える天音との話のせい。

運よく客は来なかったから仕事に問題はなかった。(店的にはあれだが……)

 来るな、来るなと願っても時間は勝手に過ぎ去っている。

「それで、話はまとまったのか?」

 昼と同じように天音は、僕に真剣に向き合ってくれている。

本来なら喜ばしいことなのかもしれないが、今はとても居心地が悪い。

 ずっと考えたが話は全くまとまっていない。

そんな時、ふとあることを思い出した。

ワンカップお兄さんの一件で、僕を励ましてくれた時に言っていたこと。

あの時は、聞きそびれたがどうしても気になる。

「天音さんが前言っていた『夢』について教えてもらいませんか?」

 そういうと、天音がケタケタと腹を抱えて笑い出した。

「話を聞こうって言っているのに、話が聞きたいってお前、本当に面白い奴だな」

「お願いします」

 天音の茶化しなんて気にしないで、クソ真面目に深く頭を下げて頼む。

すると、笑うのをやめて、調子狂うなと言わんばかりの顔でやれやれと頭を掻き始めた。

「分かったよ。ちょっと待ってろ」

 そういうと、閉店している店の方に何かを取りに行った。

 戻ってくると、その手には一本の瓶。


 紹興酒「凍牌」


 確か、中国のお酒だったと思う。

今からの話に何か関係があるのだろうか?

 天音は、手に持った瓶を懐かしそうに見てから、机の上に置いて話し始めた。

「じゃあ、昔話を始めようか。私の夢は……」

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