ワンカップ大関 ④

 目を丸くしたままのワンカップお兄さんは、怪訝そうな顔で返事をする。

「そうですけど……どこかでお会いしましたっけ?」

「私も5丁目に住んでいるのよ。子供会でお手伝いもしていたわよ」

 お兄さんは百合の言葉を聞き、視線から敵対心みたいなものが消える。それから、よーく彼女を観察する。

「あっ!?」

 声を上げると、固かった表情が緩み始めた。

「三田おばちゃんですか?」

 百合の表情もぱーっと明るくなっていく。

「覚えてくれていたのね~ 嬉しいわ」

「すみません。すぐに思い出せなくて」

「いいのよ。こんなおばさん覚えてなくて当然よ」

 二人は和気あいあいと話し始めた。

酒の大沢のある町は、そこそこ小さな町。

だからか、いい意味でも悪い意味でも縦や横のつながりがとても深い。

 僕を、ポツンとおいて二人は盛り上がっている。

 嫌でも入ってくる二人の話を聞いていると、僕の中のお兄さんに対するイメージが壊れ始める。

 無精ひげや、よれよれの服、若さの欠片もないワンカップ大関。

これらから、だらしがない感じの人なのだと思っていたが、百合との会話の様子は大きく異なっている。

 はきはきとした受け答えに、しっかりとした言葉遣い、時折百合を気遣う様子。

 それらはだらしがないとは程遠く、いうなれば「まじめ」が似合う。

 唯一整えられている角刈りの頭を見て、最初はアンバランスだな思った。だけど、いつの間にか他の部分のだらしなさが飾りのように思えてきた。


「そういえば、正志君。夢だった警察官に慣れたの?」

 百合がそう発すると、今まで明るい笑顔だったお兄さんの顔が、苦虫を嚙み潰したように曇り始めた。横から見ている僕からは、その変化がすぐに分かったが、話に夢中になっている百合は気が付いていないみたいだ。

「正志君なら、まじめで正義感が強いから、いいお巡りさんになるって思っていたのよ~」

 そこまで話して、やっと百合も気が付いたようだ。

 お兄さんの顔は完全に曇天。

「ご、ごめんなさいね」

 失言をしてしまったと気が付いた、百合はすぐに謝るが———————


もう遅い。


 僕の前に置かれたワンカップ大関を、ふんだくるようにもって店を出て行ってしまった。

 

 あまりのことに、ぽかーっとしていると

「大輔君! お願い、いいかしら?」

 思考を急いで、現実に引き戻す。

「何です?」

「つい、楽しくなっちゃって…… それで、知らぬ間に失言してしまったみたい。

すぐに追いかけて、しっかりと謝りたいけれど今の私の足じゃそれは出来ない。

だから、変わりに追いかけてくれないかしら?」

 太陽のようだった百合の顔は今では、お兄さんに負けないくらいの曇り空。

彼女のそんな顔はもう見たくない。

「分かりました。 店番よろしくお願いしますね!」

 あとで、天音に怒られるかもしれないが今はどうだっていい。

 遠くの方に見える姿を追って、走り出す。

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